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ストックオプションの実務

 

こんにちは。弁護士の池田です。

昨年末ころから筋トレを始めました。そろそろ40代に突入することもあり、体調管理をもっとしっかりしないとなぁと思って実行してみたところです。最初のうちは、筋肉痛との戦いだったのですが、最近では筋肉痛はほとんどなく、姿勢もよくなってきた(ような気がします)ので、いい効果が出ているなとひそかに喜んでおります。

さて、今回のブログでは、ストックオプション発行での実務上のポイントを説明しようと思います。

最近のベンチャー企業では、役職員へのインセンティブのためにストックオプションとして新株予約権を発行するケースが数多くみられます。そのため、ストックオプションという用語自体はベンチャー業界では一般化していて、用語自体を知らない方はほとんどいない状況でしょう。

ただ、ストックオプションについては、法務及び税務の観点からの制約が多く、実際に適切な形で発行するためには注意すべき点が数多くあります。

そこで、ベンチャー企業の経営陣として知っておくべき、ストックオプション発行での実務上のポイントをまとめましたので、ご覧ください。

(注)「ストックオプション」という用語の意味について、厳密な定義は会社法にはありません。但し、一般的には、新株予約権のうち、インセンティブ付与の目的で自社の役職員に付与される新株予約権を、「ストックオプション」と表現しているケースが多いと感じます。なお、実務のやり取りでは、ストックオプション(Stock Option)を略してSO(えすおー)と表現するケースも多いです。

 

1. ストックオプション付与の目的

まず、ストックオプション付与の目的とは何か? これは、ご存知の通り、インセンティブの付与です。それでは、このインセンティブの付与とは、具体的にはどのような意味でしょうか。

そもそも、ストックオプション(新株予約権)とは、株式会社に対して行使することにより、その株式会社の株式の交付を受けることができる権利をいいます。また、この行使の際には、予め決められた金額(行使価額)を株式会社に対して支払う設計となっています。

つまり、ストックオプションをもらった人は、ストックオプションを行使し、会社に対してお金を払うことによって、株式を取得します。その後、取得した株式を売却して、現金を入手することになります。

この現金と、ストックオプション行使の際に会社に支払ったお金の差額分がインセンティブとして機能することになります。

例えば、1株あたりの行使価額が5万円、1株あたりの売却価額が50万円のケースでは、税金を無視すると、差額の45万円がストックオプションをもらった人の利益となり、その利益がインセンティブとして機能することになります。

このインセンティブを大きくするためには、株式の売却価額を高めることが必要となります。株式の売却価額を高めるためには、いわゆる企業価値を向上させる必要があります(企業価値が高まれば、株式の取得を希望する投資家が増え、株価が高まります。)。

つまり、頑張って働いて企業価値を向上させることができれば、自分が手にするインセンティブの金額が大きくなるということになるのです。

さて、以上の話は、ストックオプションを行使して取得した株式を自由に売却できることが前提になりますので、ストックオプションを発行した株式会社が上場して初めて意味があることになります。

では、M&Aの場合はどうすればよいのか? その点は、後ほど、別項目で説明します。

 

2. 税制適格

(1) 税制適格の意味

上記の「ストックオプション付与の目的」では、インセンティブの金額として「税金を無視」して説明しましたが、実務上は、この税金が極めて大きな意味をもちます。

ストックオプションの付与を受けた人が従業員の場合を前提にすると、通常の給与所得として扱われた場合、最大で55%の税率で課税されることになります(住民税10%、所得税max45%)。

そこで、ストックオプションのインセンティブとしての機能を最大化させるために、実務上は、「税制適格」という税務上の優遇措置を受けられる形でストックオプションを設計することが一般的です。

この優遇措置は、具体的には以下の2点です。

(i)課税時期を遅らせることができる。

税制適格ではないストックオプションの場合、権利を行使して株式を取得した時点で、行使価額と株式取得時の時価との差額に課税され、さらに株式売却時に株式取得時の時価と売却価額との差額に課税されることになります。

他方、税制適格ストックオプションの場合、権利行使して株式を取得し、その後に株式を売却した時点で、行使価額と売却価額との差額に、課税されることになります。

(ii)税率を下げる

税制適格ではないストックオプションの場合、上記で述べた通り、最大で55%の税率で課税されることになります。

他方、税制適格ストックオプションの場合、譲渡所得として、税率は20%となります。

このように、課税時期と税率の点で、税制適格とすることに大きなメリットがあるため、通常、ベンチャー企業がストックオプションを発行する場合は、税制適格ストックオプションとして発行することが一般的です。

 

(2) 税制適格の要件

上記の税制適格は、無条件でできるものではなく、一定の要件を満たす必要があります。

この要件の中には細かいものもありますが、ストックオプションの設計段階で重要な要件は以下の点になります。

(i)対象者

税制適格を受けることのできる対象者は、ストックオプションを発行する会社の取締役と従業員(子会社の取締役及び従業員を含みます)となります。

従って、例えば、監査役や、外部のアドバイザー、顧問、協力会社等がストックオプションの付与を受けても、税制適格にはなりません。但し、この点は、税制の改正が検討されていて、税制適格を受けることのできる対象者の範囲が広がる可能性があります。

また、取締役又は従業員であっても、会社の発行済株式総数の3分の1超を保有している者とその配偶者や親族等は、税制適格を受けることができません。これは、社長がストックオプションの付与を受ける場合によく問題になりますので、持株比率等には注意が必要です。

(ii)行使価額

行使価額は、ストックオプション付与時の時価以上の金額とする必要があります。

冒頭で述べたインセンティブの仕組みからすると、行使価額を1円としてしまえば、ほぼ確実に利益が発生することになります。しかし、税制適格との関係では、ストックオプション付与時の時価以上の金額にしないと、税制適格を受けることができないため、注意が必要です。

時価の算定は、通常は顧問の税理士の先生にお願いするケースが多いです。但し、優先株式を発行している会社の場合や、直近のファイナンス時の株価よりも低い金額を行使価額とするような場合等、特殊な想定の場合は、時価の算定方法が複雑になる可能性もあり、その場合は、専門の算定機関に時価の算定を依頼した方が良いかもしれません。なお、優先株式との関係では、行使価額における時価は普通株式の時価であるため、優先株式の株価(払込金額)よりも低い金額を行使価額としても、その金額が普通株式の時価以上であれば、理論的には税制適格の要件を満たすことになります。但し、過去に発行した株式の株価(払込金額)よりも低い金額を行使価額とすることは、一般論として、時価以上の金額という要件を満たしていないと疑われやすい面もありますので、株価算定書を取得する等、慎重な検討が必要になります。

(iii)行使期間

ストックオプションの行使期間を、ストックオプション付与の決議の日から、2年を経過した日~10年を経過する日までの期間にする必要があります。そのため、上場のタイミングがストックオプション付与の決議の日から10年を経過していると、そもそもストックオプションの行使ができないことになりますので、上場時期との関係で注意が必要です。

(iv)行使態様

上場前にストックオプションを行使する場合、株券発行会社にした上で証券会社へ株券を預託する必要があります。

通常は、上場後にストックオプションを行使することを前提としていますので、この要件が問題となるケースは多くはないのですが、例えばM&Aの場合には、上場前であってもストックオプションを行使するというケースがあるかもしれませんので、その場合は、株券の預託を受けてもらえる証券会社を見つける等、注意が必要です。

なお、上場会社の場合は、ストックオプションを行使して取得した株式について振替口座簿への記載等が必要となります。ただ、上場会社では株式等振替制度があり、株式の取扱いについて振替口座簿への記載等が当然の前提となりますので、論点となることはほぼありません。

 

3. M&A対応

冒頭で述べた通り、ストックオプションのインセンティブは、ストックオプションを発行した株式会社が上場することが前提の仕組みとなっています。

それでは、M&Aの場合、どのようにインセンティブを付与すればよいでしょうか。

実務上は、主に以下の4つの方法があると考えられています。

(i)ストックオプションを行使して取得した株式を売却

これは、ストックオプションを行使して株式を取得し、その株式をM&Aの相手方に売却するという方法です。ストックオプションの保有者にとっては、税制適格を享受できる可能性があるというメリットがあります。

他方、デメリットとして、上場前のストックオプション行使のため、ストックオプションの発行会社を、株券発行会社にした上で、株券を証券会社へ預託するという手続が必要になります。このような業務を受託してもらえる証券会社の探索や、証券会社へのフィーの発生等、ストックオプションの発行会社にとっての負担となる点も、デメリットとなります。

また、ストックオプションの保有者とM&Aの相手方が相対で契約を締結する等の手続も必要となります。

(ii)ストックオプションのまま売却

(i)と異なり、ストックオプションのまま売却するという方法があります。こちらは、株券発行会社への変更等の負担はありません。

しかし、ストックオプションの保有者にとっては税制適格を受けることができず、役職員の場合であれば給与所得として課税されることになります。

また、ストックオプションの保有者とM&Aの相手方が、相対で契約を締結する等の手続きが発生するという点では(i)と同様です。

(iii)ストックオプションを放棄し、会社から別途のインセンティブを付与

ストックオプション保有者がストックオプションを放棄し、他方で、会社がストックオプション保有者に対して特別賞与等を支給するという方法です。

ストックオプションの保有者にとっては税制適格を受けることができない点はデメリットですが、M&Aの相手方とストックオプション保有者との契約は必要なく、手続上は(i)~(iii)の中では最も簡便です。

但し、会社からキャッシュが流出することになり、M&Aでの算定されている企業価値に影響する可能性があるため、M&Aの相手方と事前の調整は当然に必要となります。

(iv)ストックオプションを放棄し、買収側から別途のインセンティブ(買収側のストックオプション等)を付与

(iii)と似た方法として、買収側が自社のストックオプション等を付与するという方法もあります。買収側が上場会社(あるいは上場予定)である場合には、選択肢の1つとして検討することになります。

 

4. その他

(1) 付与比率

ストックオプションをどの程度付与できるのか?

この点は、法律上の制限はありませんが、上場実務上、発行済み株式総数の10%以内、多くても15%以内が望ましいとされています。

これは、上場直後に多数のストックオプションが行使されて株式数が大量に増えると、株式価値の大幅な希薄化を招き、株価の安定性が害される懸念があるという点によります。そのため、上場後の株価安定性確保の観点から、主幹事証券会社の指導によりストックオプションの比率が上記の範囲内となるようにされることが一般的です。

(2) ストックオプションプール

実務上、「ストックオプションプール」という用語が、ベンチャーキャピタルをはじめとした投資家から出てくることがあります。

これは、通常、投資家と発行会社との間の契約で定められた投資家の事前承諾なしに発行可能なストックオプションの量という意味で使用されるケースが多いです。

(3) 発行可能株式総数

ストックオプション発行に際しては、そのストックオプションが株式となった場合の株式数も、定款に定められた発行可能株式総数の範囲内に設定しておく必要があります。

そのため、ストックオプション発行に際しては、発行可能株式総数に余裕があるか、という点に注意が必要です。

(4) 付与手続

ストックオプションを取締役に発行する場合、そのストックオプションは取締役に対する報酬となるため、会社法に従って、報酬付与の決議を株主総会で行う必要があります。

執筆者
AZX Professionals Group
弁護士 パートナー
池田 宣大
Ikeda, Nobuhiro

ストックオプションは便利な制度であり、多くのベンチャー企業で利用されています。最近では信託型というストックオプションも登場し、今後もストックオプション全体の利用は拡大していくでしょう。 AZXで何度か行っているストックオプションセミナーでも多数の方に出席いただいており、ストックオプションへの関心の高さを強く感じます。 ストックオプションを上手く活用するベンチャー企業が増え、ベンチャー業界全体の発展につながれば素晴らしいことですし、このブログがその一助になれば幸いです。

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