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AIソフトウェア開発契約の留意点(経産省ガイドラインを踏まえ)

 

弁護士の林です。しばらくぶりのブログ投稿となります。
昨年はぎっくり腰を初体験し、かなり重度だったのであまり活動的でなかったのですが、最近は運動の回数を増やし、スイミングのタイムが少し縮んだり、ゴルフも数年ぶりにラウンドしたりと、上向き傾向になっております。スポーツをやっていると、「この動きを直そう」と一生懸命やってもできないのに、別のドリルをやったり、回数をこなしている間に自然にできるようになっていたりするのが、不思議であり楽しみでもあると感じています。

「AI」は既に一般的な用語として様々なサービスに浸透し、「なくなる職業ランキング」なども議論が一回りした感があります。筆者は将棋もやるのですが、トップ棋士がAIに勝てないことが常識となっている中で、藤井7段や豊島名人を始めとするコンピューター活用世代の台頭と羽生永世7冠を始めとするベテランの長期活躍で、人間同士の競争の人気が高まっているのも面白い流れと感じます。スポーツは人間の特権のように見えますが、画像から最適なアドバイスを自動的に提示するなど、やはりAIが浸透し、それを活用する人が活躍するようになっていくのでしょうか。

私達のクライアントからも、AI関係サービスにかかわる契約の相談が増えており、AI搭載製品の性能上の免責事項をユーザー向けの利用規約に明示するケース、AIを活用する自社SaaSの利用規約にユーザーデータの学習目的の利用権を明示するケースなどが見受けられます。本稿では典型的なケースとして、AIベンダーが、自社ビジネスにAIを活用したい大企業等を相手方として、機械学習を通じて生成したソフトウェアを提供する取引について、2018年6月に公表された経産省ガイドライン「 AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI編)」(以下「経産省ガイドライン」)を踏まえて、契約上の留意点を説明したいと思います。

1.対象となる取引

本稿で取り扱う契約取引の具体的な例としては、以下のようなものがあります。

-金融系企業から、有価証券の価格予測のソフトウェアの開発を依頼された
-オフィス機器メーカーから、文書の自動的な読み取りや分類を行うデバイスの開発を依頼された
-工場での原料や製造物の自動的な検査・判別に用いる機器の開発を依頼された

新しい取引分野であること、契約経験の少ないベンチャーがベンダーとなるケースも多いことから、本来の意図と異なる内容や、将来の自社の事業展開を阻害するような契約条項とならないよう、各当事者が契約上のポイントを理解しておくことが重要となります。

2.経産省ガイドラインと用語

本稿の対象とする取引については、経産省ガイドラインが詳しく解説しています。本稿で用いる用語の説明も兼ねて述べると、同ガイドラインではAIソフトウェアの開発をゴールとした、(1)アセスメント、(2)PoC(Proof of Concept)、(3)学習済モデル開発の各ステップを想定し、各段階の契約の留意点が説明されています(表1参照)。

また、上記各段階で利用、生成されるアイテムについて、以下のような概念説明がなされています(表2参照。簡潔にするため、ここではかなり省略した記載にしています。)。

3.ポイント1:契約形態(何契約?)

前項の用語を使って本稿で取り上げる取引を改めて述べれば、クライアント企業が提供する生データをもとに学習用データを生成し、それを学習用プログラムで機械学習させて学習済パラメーターを取得し、学習済モデル又はそれを組み込んだハードウェア等を開発・納入する取引、また、そのような取引を正式に行うに先立って、情報のやりとりや試作品を作るような取引ということになります。

では具体的に何契約を結べば良いのでしょうか。システム開発と同じように開発委託契約で良いのでしょうか。取引の段階に応じて、概ね次のように考えられます。

(1) アセスメント

NDA(秘密保持契約)の締結が主に想定されます。レポートなどの成果物の提出を約束する場合は、次に述べる導入検証契約も検討することになります。

(2) PoC(Proof of Concept)

導入検証契約書の締結が主に想定されます。「導入検証契約書」というタイトルは、一般的にPoCによく使用されるものですが、その名称にこだわる必要はなく、内容的にNDA以上、開発委託契約書未満の立ち位置にある契約となります。一定の業務遂行を約束するため、業務実施の責任と対価を定めますが、成果物の完成責任や瑕疵担保責任の有無、権利帰属についてはケースに応じて検討することになります。

(3) 学習済モデル開発

開発委託契約書の締結が主に想定されます。学習済モデル、又は学習済モデルを組み込んだハードウェアの開発及び納品を受託者が約束する契約となります。大枠は一般的なソフトウェアの開発委託契約と同様ですが、瑕疵担保責任の範囲、権利帰属等について、AI利用案件特有の配慮が必要となります。

4.ポイント2:請負か準委任か

導入検証契約及び開発委託契約において、重要なポイントとなるのが、契約の性質が請負か準委任かという点です。

「請負」は、建物の建築請負に代表される、受託側が成果物の完成を約束する契約であり(民法第623条)、原則として民法の定めにより、受託者は成果物の品質について瑕疵担保責任を負います(契約で排除することは可能です。)。「準委任」は、一定の事務処理を受託するものの、特定の成果物の完成をコミットしない契約であり(民法第656条、第643条)、コンサルティング契約などは通常これに該当します。

導入検証契約では、レポートの提出に留まるか、学習済モデルを納品するとしてもパイロット版等であり、一定水準の成果物の完成をコミットする想定ではないことが通常です。そのため、準委任契約であることを明記し、完成責任や瑕疵担保責任を負わないことを明記するのが受託者としては安心であり、委託者側も異を唱える必要性は低いと考えられます。

開発委託契約では、最終成果物としての学習済モデルの納品を約束することが通常と考えられます。このような取引では、請負契約とするのが自然のようにも思われますが、経産省ガイドラインのモデル契約では準委任型が提示されています。成果の納入を行う場合であっても、完成責任を伴う契約類型である請負契約ではなく、「成果完成型の準委任契約」(準委任契約であるが、成果物の完成を対価の支払条件とするもの)とするベンダー側に配慮し案が示されているものです。

5.ポイント3:成果物の知的財産権及び利用権

成果物の知的財産権の帰属は、実務上最も重要な交渉ポイントです。

権利帰属が問題となりうるアイテムとしては、2項の表2のようなものがありますが、ここでは、開発委託契約について、納品物となる学習済モデルの権利帰属を取り上げます。なお、学習済モデルは、学習済パラメーターとあわせて機能するため、正確には「学習済モデル」+「学習済パラメーター」の権利帰属が問題となります(このあたりの概念は技術的なことも絡んで複雑なので、本稿では深く立ち入りません。)。

理論的には様々な規定のバリエーションがあり得ますが、実務的には、①開発を行った当事者に各自帰属、②委託者に帰属するが、従前から受託者が有するものは受託者帰属、③各当事者の共有、のいずれかの交渉になるケースが多いと思われます。通常のソフトウェア開発では、②で合意されるケースが多数ですが、学習済モデル作成の場合、

(a) 着手段階で具体的な成果物の内容を特定、想定しづらく、どのような知的財産権が生じるか予想しづらい面があること
(b) 業務過程で生じるノウハウやデータに、受託者の今後の学習済モデル作成ビジネスにとって重要なものが含まれる可能性が高いこと

を踏まえ、①の各自帰属や、③の共有が選択されるケースも多いと考えられます。①の場合、成果物の知的財産権の主要部分は受託者に帰属することになり、委託者は成果物の使用のためのライセンスを許諾される形になります。③の場合、権利関係の具体化のため、共有知的財産の具体的な取扱い(持分割合、各当事者の自己実施や第三者への許諾の可否等)をあわせて規定すべきことになります。

また以下の理由から、知的財産権の帰属に加え、成果物の利用についての規律を定めることが多いと考えられます。

(x) 学習済モデルや学習済パラメーターは、著作権や特許権のような知的財産権の対象とならない部分も多く含まれ、知的財産権の帰属だけでは実質的な成果物の帰属を規律しきれない面があること
(y) 上記①や③の形で受託者側への知的財産権の留保を認めるとしても、委託者側は成果物の独占的な利用を一定程度確保したいこと
(z) 受託者としても同業他社による模倣等を防ぐため、委託者の成果物利用を一定範囲に制限したいこと

具体的には、受託者による委託者の同業他社に対する成果物の提供を制限する旨や、委託者による成果物の社外利用を制限する旨を規定するようなケースが考えられます。

6.ポイント4:瑕疵担保責任

AI生成物の性質として、契約時に具体的な成果物の内容を確定しづらいことや、生成される学習済モデルが委託者の提供するサンプルデータの質に依存する面があることから、受託者としては、成果物について厳格な品質保証をしづらい面があります。

この点は、ポイント2の「請負か準委任か」とも密接に関係する論点であり、PoC等で準委任契約とする場合は瑕疵担保責任もなしとすることが一般的には整合性があると言えます。一方請負契約とする場合には、委託者は何らかの瑕疵担保責任を求めることが一般的と思われますが、受託者としては作成された学習済モデルの精度(情報予測、適否判別などの目的とする機能の精度)のレベルについて具体的な保証を行うことは難しい面もあるため、保証のラインをどこに設定するか、事案の性質に応じた検討が必要となります。

7.ポイント5:データの取扱い

以上では業務の成果物にかかわる論点について述べましたが、成果物をとりまくデータの取扱いも実務上重要です。なお、AI学習の成果として得られるデータは、主に上述の学習済パラメーターであり、上記の成果物の議論があてはまりますので、ここでは学習に用いられるサンプル等のデータについて述べます。

まず、委託者が提供するデータ(サンプルデータ等)については、委託者が従前から有するものですので、データに関する権利は委託者に留保されるのが自然であり、この点は契約上問題になりにくいと思われます。委託者が提供するデータについては、(1)委託者によるデータ提供権限の保証、(2)データの正確性に関する規律(委託者は正確性を保証しないが、受託者も正確性の不備による成果物の瑕疵に責任を負わない等)、(3)受託者による目的外使用の禁止などを定めることが重要となります。

一方で、上記データを学習に適した状態に加工した学習用データセットについては、受託者の業務によって生成されるものであるため、これを成果物として納品対象に含めるか否か、含めないとしてもいずれが知的財産権や利用権を有するか、といった点について、事案に応じて必要な規定を検討することになります。

 

執筆者
AZX Professionals Group
弁護士 パートナー Founder
林 賢治
Hayashi, Kenji

本稿の対象事項については、その他の論点(委託者の提供データの取扱いなど)を含め、経産省ガイドラインに詳しく説明がありますが、非常に詳細で難解に思われる方も多いと思われるため、筆者の経験も踏まえポイントを概説させていただきました。同種取引の関係者の皆様の理解の一助になれば幸いです。 なお、本稿作成中に、日本ディープラーニング協会からも、「ディープラーニング開発標準契約書」の雛形が公表されたようですので、適宜ご参照頂くと良いと思われます。 

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