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労働基準法の改正

~ AZX Coffee Break Vol.18 〜

労働基準法(以下「法」という。)が一部改正され、平成22年4月1日より施行される。長時間労働を抑制する目的から、週60時間を超える時間外労働に対しての割増賃金率の引き上げ等、ベンチャー企業にも大きな影響を与えると考えられる重要な改正となっている。従業員の退職等に際して時間外労働に対する未払い残業代が問題となることも多く、また本改正は各企業において負担が増加すると考えられる点も含んでいるため、本改正に伴う通達(平成21年5月29日基発第0529001号)を踏まえた上で、施行日に先立ち本稿で概要を解説することとした。

(1)時間外労働の限度に関する基準の見直し 法第32条において、使用者は労働者に、休憩時間を除き1週40時間、1日8時間を超えて労働させてはならないと定められており、当該時間を超えて時間外労働を行わせるためには、労使で時間外労働協定(以下「三六協定」という。)を締結し、これを労働基準監督署へ届け出る必要がある。厚生労働省の告示である「時間外労働の限度に関する基準」(以下「本基準」という。)において、三六協定によって延長できる時間について一定の限度時間が設けられており(1ヶ月45時間、1年360時間等の上限が定められている。)、当該限度時間を超えてなお時間外労働を行わざるを得ない特別の事情が生じた場合に限り、労使の協定(特別条項付き三六協定)により限度時間を超えて時間外労働を行わせることが可能となっている。今回、本基準が改正され、特別条項付き三六協定に関して以下の規制が追加された。
i) 限度時間を超えて働かせる一定の期間ごとに、割増賃金率を定めなければならない。
ii) 限度時間を超える時間外労働をできる限り短くするように努めなければならない。
iii) i)の率を法定割増賃金率を超える率とするように努めなければならない。
特別条項付き三六協定では、1ヶ月及び1年ごとの時間外労働の上限を規定している場合が多いと思われるが、この場合1ヶ月45時間、1年360時間を超過した労働に対する割増賃金率を三六協定に定める必要があり、その率を法定の最低割増率(2割5分。但し、後述の改正に注意)を超えるものとするよう努力すべきということになる。なお、限度時間を超える時間外労働に係る割増賃金率は、法第89条第2号の「賃金の決定、計算及び支払の方法」として就業規則に記載する必要があり、給与規程等の変更が必要となる可能性もあるため、詳細について検討すべきと考えられる。また、改正施行日である平成22年4月1日以後に特別条項付き三六協定を締結する場合及び同日前に締結された協定を同日以後に更新する場合には、本改正事項を反映させた協定届を作成する必要がある点について、実務上留意されたい。

(2)割増賃金率に関する改正 割増賃金の支払は、使用者に対する時間外労働の抑制効果を持ち合わせているため、長時間労働を抑制することを目的に以下のような大きな改正が行われる。
①法定割増賃金率の引上げ  現状、法定労働時間(1週40時間、1日8時間)を超える法定時間外労働に対して、使用者は2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないとされている。今回の改正により、使用者は1ヶ月について60時間を超えて時間外労働をさせた場合には、その超えた時間の労働について、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないこととされた。なお、時間外労働の算定における1ヶ月の起算日及び割増賃金率は法第89条第2号の「賃金の決定、計算及び支払の方法」として就業規則等に規定する必要があるため、各企業においては当該規定の変更が必要となる。また、1ヶ月60時間の法定時間外労働の算定にあたって、法第35条に規定する週1回又は4週4日の法定休日(例えば日曜日)に行った労働時間は含まれないが、それ以外の所定休日(例えば土曜日)における法定時間外労働は含まれることとなる。このため、労働条件を明示する観点及び割増賃金の計算を簡便にする観点から、就業規則その他これに準ずるものにより、事業場の休日について法定休日と所定休日の別を明確に分けておくことが望ましいものと考えられる。
②割増賃金の代替休暇  特に長い時間外労働をさせた労働者に休息の機会を与えることを目的として、1ヶ月について60時間を超えて時間外労働を行わせた労働者について、労使協定により、本改正による法定割増賃金率の引き上げ分(5割-2割5分=2割5分)の割増賃金の支払いに代えて、有給の休暇を与えることができるものとされた。ただし、割増賃金を支払わずに休暇を与えることができる部分は、あくまで現行の法定割増賃金率と改正後の法定割増賃金率の差で生じた部分についてのみであり、すべての割増賃金を支払わず代替休暇を与えることを許容するものではない点、また当該代替休暇は労働者の取得の意向があった場合に取得を認めるものであるため、会社側からの取得強制はできない点に留意されたい。また、代替休暇の単位は労働者の休息をはかる観点から1日又は半日とされており、時間単位で与えることはできず、代替休暇を与えることができる期間は、時間外労働が60時間を超えた当該1ヶ月の末日の翌日から2ヶ月以内とされている。なお、当該代替休暇制度を導入するには労使協定の締結が前提となり、協定において代替休暇制度の取扱いに関する詳細を定める必要があるが、実務上の運用として煩雑となる可能性もあるため、制度導入にあたっては十分に検討すべきである。
③中小企業の猶予措置  中小企業については必ずしも経営体力が強くないと考えられる点を踏まえ、改正法第138条に規定する以下の中小事業主については当分の間、法定割増賃金率の引上げ及び代替休暇の適用を猶予することとされた。
(a)小売業 資本金の額若しくは出資の総額が五千万円以下又は常時使用する労働者が五十人以下。
(b)サービス業 資本金の額若しくは出資の総額が五千万円以下又は常時使用する労働者が百人以下。
(c)卸売業 資本金の額若しくは出資の総額が一億円以下又は常時使用する労働者が百人以下。
(d)その他の業種 資本金の額若しくは出資の総額が三億円以下又は常時使用する労働者が三百人以下。
ただし、改正法附則第3条第1項において、改正法の施行後3年を経過した場合において、中小事業主に対する猶予措置について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずることとされているため、現状改正法が適用されない規模の中小企業であっても改正法に対応した整備を進めることが望ましく、またベンチャー企業においては急速な成長に伴い中小企業の範囲から外れて改正法が適用される可能性も否定できないため、その意味からも改正法に対応できる体制を社内で整備しておくことが重要であると考えられる。なお、適用が猶予される中小企業主とは、事業場単位ではなく企業単位で判断され、資本金及び労働者数のいずれか一方がこの基準を満たしていれば、中小事業主に該当する。また、業種の分類については日本標準産業分類(平成21年総務省告示第175号)に基づいており、複数の業種に該当する事業活動を行っている場合は、その主要な事業活動によって判断されるものであるため、各企業においては中小事業主に該当するか否かについて一度確認しておいた方がよいと考えられる。

(3)年次有給休暇の時間単位付与 法第39条において、使用者は6ヵ月継続勤務して全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、勤続年数に応じた年次有給休暇(以下「有給」とする。)を付与することが定められており、原則として当該有給は日単位で付与することとされている(解釈上、半日単位での付与も許容されている。)。今回の改正では、労使協定を締結することにより、年に5日を限度として日単位や半日単位ではなく、時間単位で付与できることとされた。ただし、労使協定を締結した事業場において、個々の労働者に対して時間単位による取得を義務づけるものではなく、労働者の意思によって時間単位により取得するか日単位により取得するかを選択できるものである点、時間単位有給を実施する場合には、法第89条第1号の「休暇」に関する事項であるため、就業規則に記載する必要がある点に留意されたい。また、労使協定において、時間単位有給を与えることができる労働者の範囲、時間単位の有給の日数、有給1日分の時間数等の詳細を定める必要があり、実務上の運用としては時間単位での有給及び勤怠を管理する必要が生じ、労務管理上煩雑となる可能性も否定できないため制度導入にあたっては十分に検討すべきである。

以上のように、今回の改正には割増賃金率の引き上げなど、事業者に負担となる重要な事項が含まれている。また、(1)で述べた特別条項付き三六協定の割増賃金率に関する事項及び(3)で述べた有給の時間単位付与の改正は、法第138条に定める中小事業主であっても適用される点に留意いただいた上で、過重労働防止の観点から現状の勤怠状況を把握し、今後に向けて改善を行うよう努めることが望ましい。本改正により就業規則及び給与規程の変更、労使協定の変更・締結を行う必要が生じるケースも想定されるため、今回の改正を機会に専門家に相談しつつ各種規程の整備・見直しを図り、対応方法について慎重に検討すべきと考えられる。

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