~ AZX Coffee Break Vol.6 〜
労働基準法が一部改正され、本年1月1日から施行されている。労働基準法は従業員を雇用するあらゆる企業に適用される基本的な法律であるが、ベンチャー企業ではその内容が必ずしも正確に理解されておらず、従業員の退職等に際して労使トラブルが生じることも多い。今回の改正は部分的なものであるが、重要な事項も含まれるので、本稿で解説することとした。
(1)有期労働契約に関する改正 契約社員やアルバイトなど、1年、3ヶ月といった雇用期間を設定して従業員を雇用する場合があるが、かかる有期労働契約について次のような改正が行われた。
①契約期間の上限 有期労働契約の期間は、原則として1年が上限とされ、学者や医師等の一定の専門職及び満60歳以上の者との契約について3年が上限とされていた。今回の改正により、原則として3年が上限となり、専門職及び満60歳以上の者との契約について5年が上限とされた。有期労働契約についてかかる上限の規制があるのは、期間の定めのない労働契約(通常の正社員の場合など)の場合には、労働者は特段の理由を要せずいつでも2週間前の予告をもって解約することができる(民法第627条参照)のに対し、有期労働契約は契約期間中やむを得ない事由のない限り労働者から解除できない(民法第628条参照)ので、有期労働契約における使用者による労働者の長期拘束を制限する必要があるためである。今回の改正では、一般的な労働実態等を踏まえ、上限規制が緩和されたものである。通常の労働者について雇用期間1年の有期労働契約を更新して結果的に労働期間が1年を超過することは従前も禁止されてはいなかったが、今後は最初から雇用期間3年間の労働契約を締結することも可能となった。
②有期労働契約の更新、雇止めに関するルール 有期労働契約について、 厚生労働大臣が使用者が講ずべき措置についての基準を定めることができるものとされた。 有期労働契約は原則として期間の満了と同時に終了するものであるが、長期間にわたり更新が繰り返された状況において更新を拒絶すること(いわゆる雇止め)について、解雇に準じるものとして解雇に関する法規制が類推適用される場合がある(最判昭和49年7月22日参照)。かかる雇止めの問題は、従前判例に基づく解釈論として検討されてきたものであるが、上記改正に基づき、概要以下のような内容の基準が厚生労働省から出されている(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号)。
i) 使用者は、有期労働契約の締結に際し、労働者に対して、当該契約の期間の満了後における更新の有無を明示しなければならない。また、更新する場合がある旨明示したときは、更新の有無の判断基準を明示しなければならない。
ii) 使用者は、有期労働契約(1年を超えて継続勤務している者との契約に限る。また、あらかじめ更新しない旨明示されている場合を除く。)を更新しない場合には、期間満了の30日前までに、その予告をしなければならない。また、労働者の要求がある場合は、かかる有期労働契約を更新しない理由についての証明書を交付しなければならない。
iii) 使用者は、有期労働契約(当該契約を1回以上更新しており、かつ、当該労働者が当初雇用日から1年を超えて継続勤務している場合に限る。)を更新しようとする場合においては、当該契約の実態及び当該労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよう努めなければならない。
上記基準は告示として規定されており、法律そのものではないため、これに従わないことで即法律違反になるというわけではないが、労働基準監督署からの指導の対象となる可能性があり、法令に準じた規制として従っておくのが安全と考えられる。
③暫定措置 有期労働契約の上記改正事項に関して、法施行から3年経過した場合に、政府は施行の状況を勘案して必要な措置を講じるものとされている。具体的な措置の内容、時期等については未定である。 また、期間1年を超える有期労働契約(上限5年の適用がある専門職等の場合、及び一定の事業の完了に必要な期間を定める場合を除く。)を締結した労働者は、上記の「必要な措置」が講じられるまでの間、民法第628条にかかわらず、労働契約期間の初日から1年経過後においては、使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができるものとされた(労働基準法第137条)。上記のとおり、有期労働契約はやむを得ない場合でなければ期間内の解除は認められず、契約期間中労働者を拘束する。このため、改正法施行後の運用状況を確認するための暫定措置として、当面は1年を超える期間を定めた労働契約についても、1年を超えた場合には特段の理由なく労働者の意思で退職できることを定めたものである。
(2)解雇ルールの明確化 労働者の解雇に関する規定が以下のとおり追加された。
①解雇要件の法定 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とするものとされた。従前は、解雇については業務上の負傷等による休業期間中の解雇制限及び解雇予告の規制があるのみであったが、判例上解雇権濫用法理が確立され(最判昭和50年4月25日参照)、労働基準法の解釈として、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できない解雇は無効となるものとされてきた。今回の改正は、この確立した解釈を法令上明確に規定したものであり、改正により直ちに実質的な変化が生じるものではないが、今後の政令や通達の制定の動向に注視すべきと考えられる。
②就業規則の記載事項の追加 従前、就業規則の記載事項の一つとして「退職に関する事項」が法定されていたが、これを「退職に関する事項(解雇の事由を含む。)」として解雇事由を記載すべき旨が明確化された。実務的には、退職に関する事項の一部として解雇事由も記載するのが一般的であったが、今回明確に法令上の記載事項として定められた。
(3)裁量労働制の手続の合理化等 裁量労働制とは、専門 職種や企画等の業務に従事する労働者について、労働時間の決定を労働者に委ねることを約し、かつ一定の手続を踏むことで、実際の稼働時間にかかわらず労働時間を一定時間とみなすことができるという制度である。今回以下のような改正がなされている。
①専門業務型裁量労働制に関する労働者への配慮 専門業務型裁量労働制は、技術研究、情報処理システム設計、取材、デザイン考案等の一定の専門職種について、労使協定の締結及び届出を条件として、労働時間を一定時間とみなすことができる制度である。今回の改正では、労使協定の記載事項に、健康及び福祉の確保のための措置や苦情処理に関する事項が追加された。本制度は導入が比較的容易であるため、時間外手当の支払を抑えたい事業主によって多用されているものであるが、労働者に事実上長時間の労働を強いるケース等も考えられるため、労働者の福祉にかかわる事項を労使協定に規定し、当該事項の履行を事業者に義務づけることを企図した改正である。
②企画業務型裁量労働制の要件緩和 企画型裁量労働制とは、事業運営上の重要な決定が行われる事業場(本社等)において、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務に関して、労使委員会の設置並びに労使委員会による一定事項の決議及び届出を条件として、労働時間を一定時間とみなすことができるという制度である。今回の改正では、適用対象事業場の拡大(本社等に限定しない)、 導入及び運用に関する手続についての労使委員会の決議要件の緩和(全員一致から5分の4要件へ)、 制度導入後の官庁への運用状況の報告義務の対象項目の削減といった改正がなされた。従前より 本制度導入のニーズは高いものの、労使委員会の設置、制度導入後の定期的な運用状況の報告義務などの負担が大きいため、導入を見送っている会社が多く、このような状況を踏まえて若干の条件緩和を行ったものである。もっとも、いまだ企業にとっての負担は大きく、導入企業がどの程度増加するかは不明である。
ベンチャー企業では就業規則や適切な雇用契約が整備されていないところも多く見受けられるが、労働基準法はあらゆる企業に適用される重要な法令であり、今回の改正を機会に労働基準法に対する理解を深めておくことが望ましい。また、就業規則等が整備された企業においても、今回の改正により規則や運用を変更する必要が生じるケースも想定されるので、各企業において慎重に検討すべきと考えられる。
(文責:弁護士 林 賢治)
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