~ AZX Coffee Break Vol.3 〜
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律、いわゆるプロバイダー責任法は、平成14年5月27日に施行され、既に周知の法律となっているが、IT関連を中心とした多くのベンチャー企業に関係する重要な法律であり、必ずしも十分に理解されていない面もあるため、おさらいの意味を含めて本稿で取り扱うこととした。
(1)背景及び立法趣旨 本法は、特定電気通信役務提供者(プロバイダー等)の損害賠償責任の制限と、発信者情報の開示請求を定めた法律であるが、かかる法律が定められた背景には、インターネット等の電気通信回線を利用した情報提供手段(以下本稿において必要に応じ「ネット」という略称を用いる。)の発達に伴う、ネット上の権利侵害問題の多発があった。ネット上において名誉毀損や著作権侵害などの被害を受けた者は、加害者となる情報発信者に対して法律上損害賠償請求等の権利を有するが、これを現実に行使するためには発信者が誰であるかを特定する必要があり、また損害賠償請求以前にかかる情報の配信を停止してもらう必要性がある。このため、かかる被害者から加害行為が行われたサイト等を運営するプロバイダー等に対して、発信者の情報の開示や、加害行為を構成する情報の削除などの対応が求められることが多くなった。ネット上の権利侵害に関するリーディングケースとも言えるニフティサーブ事件では、ニフティサーブのパソコン通信上の現代思想フォーラムにおいて名誉毀損発言がなされたケースで、被害者が情報発信者本人に対して損害賠償等を請求したほか、フォーラムの管理人であるシスオペに対して発言削除等をなすべき作為義務に違反したことを理由として損害賠償を請求し、ニフティ株式会社に対しても使用者責任を追及したものである。このケースでは、控訴審判決において諸事情に鑑みてシスオペの作為義務違反は否定され、ニフティ株式会社の責任も否定されたが、一般論としては、権利侵害の状況等に鑑みて一定の場合にはフォーラムの管理者に加害情報を削除すべき義務が発生するものであることが、判決で言明された。ネット上の権利侵害問題について対応を求められたプロバイダー等は、発信者との関係で勝手にその個人情報を被害者側に開示することは難しく、また情報を削除することについても、本当に当該情報が他人の権利を侵害するものであるかの判断が難しく、合理的な理由なくこれを行えば発信者に対して提供するネット上のサービスの不履行となってしまう可能性があるため、必然的に被害者からの要求に対して及び腰にならざるを得ない。かといって加害行為を不当に放置した場合には、加害行為を助長し、必要な監督権限を行使しなかった等の理由でプロバイダー等自身が損害賠償の責任を負うリスクもあるため、ネット上の権利侵害問題に対して、プロバイダー等は発信者と被害者の板挟みの苦しい立場におかれていた。同時に、そのような状況のために被害者も円滑な権利行使ができないという状況にあったものと言える。本法は、かかる状況に対し、プロバイダー等が適切な対応をとり易くなるようにし、問題の解決を促すべく立法されたものである。
(2)特定電気通信役務提供者の範囲 本法が対象とする「特定電気通信役務提供者」とは、特定電気通信設備(不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信の用に供される電気通信設備をいう。)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいう。純粋なインターネットサービスプロバイダーのような電気通信事業者のみならず、ウェブホスティング業者、ショッピングサイトの運営者、その他情報交換が可能なウェブサイトの開設者等の地位にある者が広く該当し得るものである。また、営利目的の有無やサービスの有償無償の別も問わないため、本法は多くのベンチャー企業にかかわる重要な法律であることに注意が必要である。
(3)特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限 特定電気通信役務提供者(便宜上「プロバイダー等」という。)は、上記のとおり板挟み的状況におかれていたが、以下のとおり被害者側に対しても、情報発信者側に対しても、一定の要件の下に損害賠償の責任を負わないことが明記された。
①被害者に対する責任制限 プロバイダー等は、1)当該情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき、又は2) 当該情報の流通の事実を知り、かつ当該情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるときのいずれかに該当しなければ、損害賠償責任を負わない。従前判例でも同様のニュアンスが述べられていたが、法律上明確な免責要件が定められたものである。
②発信者に対する責任制限 プロバイダー等は、当該情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったときは、当該情報について削除等の措置を講じても発信者に対して損害賠償責任を負わない。また、 被害者から、情報の削除等の申出があった場合に、情報発信者に対し当該情報の削除等を行うことに同意するかどうかを照会した場合において、7日以内に発信者から異議がなかったときにも、当該情報の削除等の措置を講じたことにより発信者に対する損害賠償責任を負わない。権利侵害の事実が明らかな場合には、プロバイダー等が積極的に情報削除等を行うことが望ましく、これを後押しするために情報発信者に対する免責が規定されたものである。また、権利侵害の有無という実体判断をしなくても、発信者に対する照会という手続を経ることで情報削除等を行い得る途を開いたものである。
(4)発信者情報の開示請求 ネット上の問題解決のために発信者情報の開示は不可欠な事項であるが、上記のとおりプロバイダー等は開示すべきか否か難しい立場におかれ、被害者救済も難しい状況であった。本法は、この問題について以下のような定めをおいた。
①開示請求権 被害者は、1)情報の流通によって被害者の権利が侵害されたことが明らかであること、及び2)発信者情報の開示が被害者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある場合のいずれの要件とも満たす場合に、プロバイダー等に対して発信者情報の開示を請求できるものとした。なお、「発信者情報」は、氏名、住所等のみならず、IPアドレスや情報送信日時の記録なども含まれている。この開示請求権は、法令上認められた私法上の権利であるため、プロバイダー等が開示に応じない場合には、裁判所に開示を求める訴えを提起することも可能である。
②プロバイダー等の責任制限 プロバイダー等は、①の開示の請求に応じないことにより被害者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償責任を負わない。プロバイダー等は、被害者から発信者情報の開示を請求されたとしても、それが①の要件を満たす適法な請求であるか判断することは容易ではなく、安易に開示に応じることは危険である。逆に開示に躊躇した結果当該開示請求が適法であったことが判明した場合に、債務不履行等の責任を追及されるというのもプロバイダー等に酷である。このような板挟みの状況に配慮して、よほどの事情がなければ、開示請求に応じなかったとしてもプロバイダー等の責任を問わないようにしたものである。当然、開示請求の訴訟が提起され、裁判所で認容された場合には、適法な開示請求であることが明らかであるから、プロバイダー等はかかる免責は受けられない。即ち、本法は、発信者情報の開示請求権を認めつつ、開示の正当性が曖昧な場合には裁判で決着を付けさせることを企図し、明確な結論が出るまでは原則としてプロバイダー等の責任を問わないという形でバランスを図っているものと言える。
本法は、ITビジネスを行うベンチャー企業は勿論、何らかの形で公開のサイト等を運営する企業におけるトラブル処理において、必ず検討すべき法律であり、重要性は高いものと言える。比較的新しい著名な事例としては、いわゆる2ちゃんねる事件で、本法施行前の事案であったものの、本法が定めるプロバイダー等の免責要件を考慮の上、掲示板管理者の損害賠償責任を肯定する判断が下された。また、ヤフーに対し、本法に基づく発信者情報の開示請求を認める判決が出されたが、この事例は発信者個人が特定されている状況で、情報発信のルートを特定するために発信コンピューターのIPアドレスの開示が求められた事件である。今後の事例にも継続して注目すべきである。
(文責:弁護士 林 賢治)
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