こんにちは。AZXの弁護士の増渕です。
始まりましたね~。2014 FIFA World Cup。スペインを大差で破ったオランダの攻撃力、すごかったですね。イタリアとイングランドの試合も好ゲームでした。日本はドログバの存在感にやられた感じでしたね。途中出場の瞬間、スタジアムの雰囲気が変わりました。日本は残り2戦、しっかり立て直して欲しいです。
W杯も始まりましたが、6月は株主総会を開催するクライアントも多く、その準備や対応に、AZXは忙しい季節です。仕事とW杯観戦の両立をしっかりして、忙しい時期を乗り越えたいものです。
さて、今回は、ベンチャー企業が遭遇する、業務報酬に関するトラブルについて記事にしました。次のような場合でも、報酬を請求することができる場合がありますので、みなさん、諦めずに回収しましょう。
1.会社の代表取締役が契約書に記名押印していなくても、報酬を請求できる場合がある!
2.正式な契約書を作成していなくても報酬を請求できる場合がある!
3.業務完成前に契約を解除されても報酬を請求できる場合がある!
目次
ケース1:会社の代表取締役が契約書に記名押印していない場合
【ケース】
A社はシステム開発会社ですが、取引先から、B社のC支店のD支店長の紹介を受けました。D支店長は、A社の商品である在庫管理システムを大変気に入り、すぐにでもC支店に導入したいと言ってくれ、A社の社長とB社C支店支店長Dとの間でシステム開発業務委託契約が締結されました。A社は納期までにシステム開発を完了させて納品しましたが、いざ、支払の段になって、B社の社長から、そのような契約は支店長Dが本社に無断でやったことで、代表者が契約を締結していないから無効であると主張してきました。
A社はB社に対して業務の対価を請求することはできないのでしょうか。
【結論】
請求できる可能性があります。
【解説】
代表取締役のいる会社の代表権は代表取締役にありますので(会社法第349条第1項)、Dには代表権がないというB社の社長の言うことも正しそうです。しかし、ここで、商法第21条第1項が役に立ちます。DはC支店の支店長であり、支店長は一般的には同条にいう「支配人」に該当するため、DはB社に代わってC支店の営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することになります。したがって、C支店で利用するシステムの開発業務に関する契約をB社に代わって締結する代理権があり、契約締結の効果はB社に帰属することになります。よって、請求できる可能性があるということになるのです。
※商法第21条第1項
支配人は、商人に代わってその営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。
ちなみに、B社内で、支店長は対価100万円以上の契約を締結してはならないなどの内部的な制限があった場合であっても、同条第3項により、支配人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができないため、A社がその権限の制限を知らなかった場合には、請求できる可能性があるということにかわりはありません。
※商法第21条第3項
支配人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。
さらには、B社がDに「支店長」の肩書きの付いた名刺を使わせていただけの、Dが名目上の支店長であった場合も、商法第24条により、Dは、C支店の営業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなされるため、A社は、Dが名目上の支店長であったことを知らず、そのことにつき重過失(解釈上悪意と同視されます。)がなければ、同じように請求できる可能性があるということになります。
※商法第24条
商人の営業所の営業の主任者であることを示す名称を付した使用人は、当該営業所の営業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなす。ただし、相手方が悪意であったときは、この限りでない。
ケース2:正式な契約書を作成していない場合
【ケース】
それでは、今度は、次のようなケースはどうでしょうか。
A社がB社の本社の担当者との間で、在庫管理用のシステム開発業務を受注できそうになり、その仕様やデザイン等について担当者レベルで綿密な打合せを行い、見積書の提示なども行ってきました。打合せの中では、B社の担当者からデザインの見本を作成するよう依頼されたり、システムの試作品を制作し、それを見ながら仕様の修正を行っていたりしました。そのような作業が半年間続き、ほぼ制作作業は完成し、サーバー上でB社による試験的な利用も始まりました。そこで、A社がB社に対して正式な契約を締結してもらおうとしたところ、実は、その1か月前にB社の方針が変わり、A社に対して発注を行わないことが決まっていましたが、B社担当者はそのことをA社に知らせてはいませんでした。
A社はB社に対して業務の対価を請求することはできないのでしょうか。
【結論】
請求できる可能性があります。
【解説】
このケースの場合、契約締結前の打合せが、気づけば実際の業務の内容に踏み込んでいってしまっています。しかし、発注する側としても、受注者側が本当に期待通りのものを制作してくれるのか分からない段階では、安易に契約を締結することはできないということは、システム開発の現場ではよく起こりがちです。また、受注者側が規模の小さなベンチャー企業であり、相手の方が力関係で優位に立っているような場合は、ベンチャー企業側は強く契約の締結を迫ることができないといった状況も容易に想定されます。
法律上は、発注と受注の意思表示がなければ契約締結の効果が発生しないのが原則です。
しかし、A社としては、多くの労力とコストをかけたにもかかわらず、対価を得られないのは不合理です。そこで、このようなケースでは、商法第512条が役に立ちます。
同条は、商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができると定めています。このケースでは、A社は、自社の営業の範囲内である在庫管理システムの開発をB社のために行っており、その分の相当な報酬を請求することができる可能性があるのです。
なお、この場合の相当な報酬については、訴訟においては、最終的には当事者の提出した資料を基に裁判所が算定するのですが、対価の目的物の仕上がり具合によって、見積額の7割などとざっくり算定されることが多いです。
※商法第512条
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
ケース3:業務完成前に契約を解除された場合
【ケース】
それでは最後に、A社とB社で正式に契約は締結したものの、最終的なシステムの完成、納品が未了の段階でB社の方針が変わって、一方的にA社のシステムの開発、導入の中止を決定した場合はどうでしょうか。
A社はB社に対して業務の対価を請求することはできないのでしょうか。
【結論】
請求できる可能性があります。
【解説】
A社とB社の間の契約は、A社がB社に対して、システムの開発という仕事を完成することを約し、B社がA社に対してその報酬を支払うことを約束する請負契約に該当します(民法第632条)。この場合、契約書上定めがなければ、報酬の支払は仕事の目的物の引渡しと同時に行うこととされており(民法第633条)、A社によるシステムの完成、納品が未了の場合は、A社は報酬の請求ができないというのが法律上の原則です。
しかし、このケースでは、B社が社内方針の変更によって一方的にシステムの開発、導入の中止を決定しており、A社が報酬をもらえないというのは理不尽ですよね?そこで、このようなケースでは、民法第641条が役に立ちます。
同条は、請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができると定めています。これは、注文者にとって不要となった業務を引き続き請負人に負わせる意味はなく、請負人としては生じた損害を賠償してもらえるのであれば、両社にとって不都合ではないという趣旨から置かれている条文です。したがって、注文者が賠償すべき損害は、契約の解除があっても請負人が契約を履行した場合と同程度の利益を得られるものにする必要があり、請負人の支出した費用のみならず、逸失利益である報酬も含むと考えられています。よって、請求できる可能性があるということになるのです。
なお、請負人が仕事の完成義務を免れたために節約できた支出を控除するべきであるともされていますので、この点はご留意ください。
※民法第641条
請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。
代表者のハンコのある契約書や契約書の条項がないからといって、また、仕事が完成していないからといって、業務の対価の請求を諦めていませんか?このように、契約書や条項がなくても、途中で契約を一方的に打ち切られても、対価の支払いを求めることができる場合もあります。もちろん、これらの条文は、逆に皆さんが注文者側のケースでは厄介な条文となることもあります。この点は、気をつける必要がありますね。
弁護士 パートナー
このブログをきっかけに、一度、商法の第1編総則(第1条~第32条)や第2編商行為の第1章(総則。第501条~第522条)、第2章(売買。第524条~第528条)、民法の売買(第555条~第585条)、請負(第632条~第642条)、委任(第643条~第656条)など、皆さんの業務に関係のありそうな条文を眺めてみてはいかがでしょうか。皆さんが今抱えている問題の解決の糸口になるかもしれませんよ!もちろん、条文を眺めている時間が惜しい、条文を読んでもよく分からないなどという方は、お気軽にAZXにご相談ください。