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投資契約(1) 投資契約の必要性と構造〜厳しい投資契約を提示する投資家はよくないか?

2015/02/13

GKAZX弁護士の後藤です。
最近はIPOラッシュで、ベンチャー業界も盛り上がってきていますね。
AZXのクライアントも昨年12月だけでも数社上場し、IPO達成件数が「80社」になりました!

上場により株式市場での資金調達手段を得るとともに、信用も補完され、新たなステージに入って、さらに発展してもらいたいと思っています。
IPOが盛り上がると、ベンチャー投資も活性化し、起業家も資金調達しやすい環境となります。
今回は、資金調達に関して欠かせない「投資契約」について解説したいと思います。

1. 投資契約の必要性

ベンチャーキャピタル(VC)から投資を受ける際には、投資契約を提示されるのが通常です。

これは今の時代では一般化しているため当たり前のように思うかもしれません。
しかし、投資契約は、株式を発行するために必須のものではなく、会社法上は必要なものではありません。
創業メンバーが株式を取得するとき、エンジェルから投資を受けるときには、このような投資契約がないのが一般的です。
実は、日本では、VCの投資でも1990年代後半のいわゆるネットバブルの時代にアーリーステージへの投資が活発化するまでは、投資契約なく投資をしているケースも多くありました。
ベンチャー企業への投資の場合には、ベンチャー企業の成長のために必要な資金を主に株式への出資という形で拠出して、当該企業が成長し、株式公開(IPO)又は買収(M&A)などに伴い株式を売却することで、売却益(キャピタルゲイン)を得ることを目的として行われることが通常です。
投資家としては、企業の将来的な成長のために、資金を託すものであるため、この資金をどのように使用するべきか、企業が想定外のことを行ってしまわないか等についてある程度の約束をしてもらう必要があります。
特に、VCのようなプロの投資家は、ファンドという形で第三者の資金を集めてそれを運用しているため、自分たちのファンドの投資家との関係でも、ファンドから投資をしたベンチャー企業の状況を適切に把握して、必要な行為を行う必要があります。
そのような中で、経営陣の意向と投資家の意向をすり合せる必要が生じる場面も多くあります。
そのため、「契約」によって、会社、経営陣、投資家の利害を予め調整しておいた方がよいと思われます。
投資契約は、基本的には投資家側から提示されることが多く、ベンチャー企業側にとっては制約が大きく、「できれば避けたい」と思いがちですが、他方で、一度株主になったら容易に関係を終了させることは難しく、長いお付き合いになることから、経営に関する事項、株式に関する事項などを予めきちんと決めておいた方が、その後の円滑な関係にとってはプラスになる面も多くあると思います。

2. 投資契約の構造

投資契約を初めて見た起業家は、「う、何やらいろいろ難しくて怖そう。。。」という印象を受けるかもしれません。

確かに、条文がざざっと並んでいるとその量に圧倒されてしまうこともあると思います。
また、投資家側においても、自社が使用している雛形や、他社からもらった雛形をなんとなく使用してしまっているケースもあるようです。
しかし、投資契約の基本的な構造を理解して、どの部分の規定なのか確認しながら読んでいくと、意外に理解しやすいことも多いです。

投資契約の基本的な構造は以下のような形になっています。

①投資に関する基本的な条件
これは、いかなる種類の株式を、どのような株価で、総額いくら払い込むのかという投資に関する条件を定めるものです。

②投資の前提条件
例えば、投資家に事前に提出した財務諸表が正しいことなど、一定の事項を投資家に対して表明し、保証する事項や、投資契約締結後払込みまでの間に、後発事象が生じていないことや、株主総会議事録など一定の書面を提出してもらうことを払込の条件とするものです。

③株式に関する事項
株式を譲渡することの可否や、株式を譲渡する場合に自分に先に売って欲しい(優先買取権)、逆に相手が株式を売るなら自分の株式も一緒に譲渡できるようにアレンジして欲しい(譲渡参加権)など、株式の取り扱いに関する規定です。

④会社の運営に関する事項
取締役やオブザーバーの派遣、一定の重要事項については承認や通知、財務諸表等の書類や情報の提供など、会社の運営に関する投資家の権利等を定める規定です。

⑤投資の撤退に関する事項
万一、投資契約の違反があった場合等に投資家が株式を発行会社や起業家に売却して投資から撤退することを定める規定です。

⑥一般条項
秘密保持、有効期間、裁判管轄等の一般条項です。

投資契約の規定は、大まかに分けると上記のパーツに分かれているため、各規定が何を目的とするものかをよく理解して、起業家と投資家の間で建設的な交渉が行われるのが望ましいと考えます。

3. 株主間契約との関係は?

日本のベンチャー業界では、いわゆる「投資契約」という一通の契約書を提示されることが多いですが、最近は、「株式引受契約」「株主間契約」と2通に分けて提示されることが多くなってきました。米国ではむしろ後者の方が一般的です。

投資契約は「契約」である以上、契約当事者しか拘束することはできません。例えば、社長の持株比率が30%、投資家の持株比率が10%の状態で、投資家、社長、発行会社で投資契約を締結した場合、その契約で投資家の取締役選任権を定めても、契約当事者である社長と投資家では議決権比率が合計で40%しかなく、過半数に満たないので、投資家の指定した者が取締役に選任されない可能性があります。

また、投資家が、他の株主が株式を売却する場合に、優先買取権や譲渡参加権を行使したいと思っても、投資契約の当事者ではない他の株主による株式の売却については何ら権利行使できません。

従って、「③株式に関する事項」や「④会社の運営に関する事項」については、社長以外の他の株主も契約当事者として拘束しておくべき場合があります。

そこで、①投資に関する基本的な条件、②投資の前提条件、⑤投資の撤退に関する事項については、投資家と発行会社の間で株式引受契約を締結し(日本では社長も当事者となるケースが多いです。)、③株式に関する事項、④会社の運営に関する事項については、主要な株主を含んだ株主間契約を締結するのが合理的であり、株主の数が多くなってきた段階での投資案件では、このようなスキームが選択されることがあります。

また、M&Aの場合に、一定の株主の請求により当該M&Aに応じるベき旨を定めるドラッグ・アロング・ライトや、M&Aの場合において種類株式に優先的に対価を分配するべき旨を定めるみなし清算条項などについては、原則として「全株主」との間で締結する必要があるため、この部分だけを切り出して、全株主を当事者とする契約を作成する場合もあります。

但し、日本では、各投資家の投資スタンスの違いで投資契約の条項が異なること、各投資家毎に迅速に稟議を通して投資決定したいこと、上記の株主間契約を作成するには“まとめ役”となるリードVC等が必要であり、これが曖昧なケースも多いことなどから、各投資家が個別に自らの投資契約を提示することも多いのが現状です。

このスタイルが必ずしも不合理というものではありません。ただ、この場合、上記の通り、契約当事者しか拘束できないので、一定の限界があること個別の投資契約相互間の整合性をきちんと確認する必要があることに注意する必要があります。

4. 交渉に当たっての基本的な方向性

投資契約の交渉においては、起業家サイドは、①自己の経営の自由度をどこまで確保できるか、②想定外の責任を負うことにならないか、という観点から交渉することになります。

資本という形で投資を受けるためには、ある程度の拘束はやむを得ない面があり、今回調達する金額や投資家のシェアを考慮して、合理的な範囲に落ち着くよう適切に交渉していく必要があります。
その際、IPOやM&Aまでに今後も追加的に資金調達を行う予定があるのであれば、その後の投資家から要求される可能のある事項も踏まえつつ、今回の投資家にどこまでの権利を認めるべきか慎重に検討する必要があります。

投資家サイドは、①株主としての自己の権利を保全するため、また、②将来のExitの際に合理的な利益を確保するためにどの程度の規定が必要かという観点から交渉することになります。
特にVCはファンドという形で他の投資家の資金を預かっていることから、ファンドの運営者としての善管注意義務を果たしているといえる程度の適切な契約を締結する必要があります。
しかし、他方で、投資家にとって、必要以上に有利な規定を入れてしまうと、逆に起業家サイドの自由度を不当に制約し、ベンチャー企業として重要な経営のスピードと柔軟性を奪ってしまい、また、投資家と起業家の円滑な関係に悪影響が生じてしまうこともあるため、この点注意が必要です。

上記のような観点から、起業家と投資家の関係において、何が「フェアー」といえるのかというコンセンサスをベンチャー業界で醸成していくことはとても重要であり、お互いにフェアーといえる条件で早期に折り合って資金調達を完了し、起業家がビジネスに集中できる環境が構築されることが望まれます。

5. 投資契約が厳しい投資家はよくないか?

ところで、投資契約は、各投資家の方針によって、緩めのものから厳しめのものまでいろいろあります。

よく起業家サイドから「厳しい投資契約を提示するところは避けたい。」という声を耳にします。
全く同じ条件で投資をしてくれるなら、起業家にとっては、緩い投資契約の方がお得なことは事実です。
しかし、投資家によって、どの程度の資金をどのようなタイミングで提供してくれるかは異なるものであり、また、その後のサポートなども大きく違ってくるため、そもそも「同じ条件」という仮定が難しく、起業家にとっても、ゆるい投資契約を提示してくれる投資家が必ずしも良い投資家であるとは言えない面があります。

エンジェルは、自己資金を投資するものであり基本的に自己責任である以上、投資契約で縛る必要性は低く、投資契約がない場合もあり、また個人的な信頼関係に基づき投資が行われるため、何らかの契約を締結するにしても「不当に裏切られない程度」でよいのではないかと思われます。

事業会社の場合は、事業シナジーの目的で投資をする場合には、投資に基づくキャピタルゲインの重要性は相対的に低い場合が多く、その意味で投資契約はそれほど厳しくないケースが一般的です。オーナー系の事業会社の場合は上記のエンジェル的なケースに近いこともあります。他方で、上場会社の場合は、一般株主に対する責任もあるため、投資で損失が出た場合の説明責任の問題もあり、ある程度適正な投資契約が要求されるのが一般的です。

VCの場合は、他の投資家の資金をファンドという形で預かって運用しており、キャピタルゲインを得て投資家に投資資金以上のリターンを返す必要があるため、投資契約で、きっちりと株主としての権利を守り、また、適切なEixt機会を確保する必要があります。従って、一般的にはVCからの投資契約は、きっちりと定めるべきことが規定されており、厳しめになります。
VC側としても、エンジェルのように個人的に親密な人間関係がまだ構築できていない状況で、合理的な投資判断に基づき投資を実行するケースも多く、投資契約でリスクをヘッジせざるを得ない面があります。
他方で、そのような投資契約を結ぶことで、何千万円、何億円もの資金を投資してくれるのはとてもありがたい状況といえます。
もちろん、VCによっても、投資対象ステージ、投資金額、求めるシェアなどが違い、各社の投資スタンスやポリシーによって、投資契約の内容がかなり異なる面があります。

上記の通り、投資家によって、投資の目的や方針が異なるため、それが投資契約に反映されることから、投資契約か緩いか厳しいかという単純な比較ではなく、当該投資家が投資をしてくれるステージ、金額、シェアに比較して、厳しすぎるものか、フェアーで妥当なものかをその資金調達ラウンド毎に判断していく必要があります。

単に他から入手した厳しい投資契約の雛形を盲目的に提示している投資家は、当該資金調達ラウンドと自分の投資金額を考慮して必要な投資契約の内容を自分自身で理解しておらず、プロとは呼び難く、避けた方が良いと思われます。
しかし、適切なリスク判断のもと、投資家自身がきちんと必要と判断した範囲で規定を入れており、その結果として厳しい投資契約となっているということであれば、それはプロの仕事であり、そのようなプロは味方になってくれればとても頼もしいサポーターとなってくれる可能性があります。
そういう投資家は、厳しい条件を提示してきていたとしても、その意味と内容を理解しているため、きちんと交渉すれば、「ここは重要なので譲れません。でも、ここは譲歩を検討できます。」など建設的な意見交換が可能な場合が多いです。
私自身も、提示する投資契約は結構厳しいものの、キャピタリストとしてとても優秀で、投資先のサポートなどでも活躍している方を何人も知っています。
起業家にとって、そういう優秀なキャピタリストと出会っていながら、「投資契約が厳しすぎ。。。」という第一印象で敬遠してしまうのはもったいないことだと思います。

上記のような観点で、投資家側としても、自らが提示する投資契約がフェアーなものであるか、起業家側としても、投資家の投資資金とシェアから考えて、ある程度受け入れるべきものかどうかを個別に判断する必要があります。
ただ、投資家側は、数多くの投資案件に関与しており経験豊富であるのに対して、起業家側は初めてであったり、まだそれほど資金調達に関しての経験値が高くないケースも多いため、投資契約についての知識や経験をできるだけ共有して、お互いに対等な土俵で交渉ができる環境が望まれます。

そのような観点で、次回以降、投資契約の基本的な事項について、AZXブログで解説していきたいと思います。

執筆者
AZX Professionals Group
弁護士 マネージングパートナー CEO
後藤 勝也
Gotoh, Katsunari

いかがでしたか。
今回は、初回の導入部分ということで抽象的な解説が多かったかもしれませんが、次回以降は具体的な条項の解説を行いたいと思います。
ベンチャー業界では、ファンドが次々と組成され盛り上がってきています。
起業家と投資家が、投資契約の交渉を円滑に行い、多くのベンチャー企業が新たな資金の投入を受けて、エンジン全開が爆進することを期待しています。

そのほかの執筆者
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高橋 知洋
Takahashi, Tomohiro
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高田 陽介
Takata, Yosuke
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