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投資契約(5)みなし清算(Deemed Liquidation)

2015/10/09

GK

前回、ドラッグ・アロング・ライト(Drag Along Right)について解説しましたが、ドラッグ・アロング・ライトとほぼセットで規定されるものとして、M&Aにおける優先株主の優先的な分配を定める「みなし清算(Deemed Liquidation)」があります。

みなし清算規定の仕組み等をよく理解しておかないと、M&Aにおける対価の分配で、想定外の残念な結果になってしまう可能性があります。

そのため、少々複雑な面がありますが、M&Aが活性化してきている現状においては、スタートアップの起業家もよく理解しておく必要があります。

 1.意義と目的

 みなし清算(Deemed Liquidation)とは、M&A(買収、合併等)の場合に、清算したものと”みなして”対価の清算を行う規定をいいます。これは、優先株式の残余財産の優先分配権とパラレルに考えて、M&Aが生じた場合に、優先株主がM&Aの対価について一定の優先的な分配を受けられるように定めるものです。

例えば、優先株式において、残余財産について、1株あたり投資株価の10万円分につき優先的に分配を受け、さらに残余がある場合には、普通株式1株と同額の分配を受けられる形になっていた場合に、会社についてM&Aが生じた場合に、同様に、優先株式が1株当たり10万円の対価の分配を受け、さらに残余がある場合には、普通株式1株と同額の対価の分配を受けられるというものです。

これは、M&Aにおける対価の分配について、高い株価で投資した優先株主の権利及び利益を一定の範囲で保護するためのものといえます。

 例えば、創業チームが500万円出資して会社を作ったとします。その後資金調達を重ねて、会社の時価総額が順調に大きくなり、投資家Aが、ポスト20億円の時価総額で2億円を出資し、これによって、仮に創業チームの持株比率が60%、投資家Aの持株比率が10%になったとします。しかし、会社の事業が伸び悩み、ここで時価総額10億円のM&Aを実行することになった場合、単なる持株比率でM&Aの対価を分配すると、創業チームは6億円、投資家Aは1億円の分配を受けることになり、創業チームは5億4500万円の利益を得るのに対して、投資家Aは1億円の「損失」になります。

このケースで、投資家Aが優先株式で投資をしていた場合、残余財産の分配請求権として、出資金額1倍の「2億円」が優先分配額だとすると、今回の10億円がM&Aではなく、10億円を残余財産として、会社を解散・清算した場合には、投資家Aは、まず2億円分の分配を受け、さらにその上で、創業チームと同率等での分配を受けられ、少なくとも「損失」にはならなかったはずです。

投資家Aにとっては、M&Aの場合でも、解散・清算の場合でも、会社がIPOに至る前に投資が終了してExitすることになることに変わりはなく、そうであればM&Aの場合も、解散・清算の場合と同様に優先的な分配を受けるのがフェアーな形とも考えられます。

このような形でのM&Aにおける優先分配を定めるものがみなし清算(Deemed Liquidation)です。

IPOの場合には、投資家の投資時の時価総額よりも高い時価総額となるケースが一般的であり、IPOに伴って優先株式1株が普通株式1株に転換されて、単純な持株比率に相当する持分を有する形になっても、利益を得られるのが通常ですが、M&Aの場合は、小規模なM&Aもあり得るため、高い株価で投資をした投資家にとっては、みなし清算規定のような優先分配を定めておくことが重要となります。

 2.発動事由

 みなし清算規定は、①発動事由と②対価の分配内容で構成されます。

 まず、発動事由については、対象となるM&Aが明確になるように定義する必要があります。一般的には、株式譲渡、株式交換、株式移転、会社分割(株主に対価が分配される人的分割)等で既存株主の持株比率が50%未満となるようなケースを対象事由としての「買収」と定義するケースが多いです。

事業譲渡や会社分割(会社に対価が分配される物的分割)の場合は、対価が株主に分配されないので、ストレートにみなし清算条項の対象にすることはできず、この場合は、会社を解散・清算したり、別途剰余金の配当をするなどの形で株主に分配する旨を定める必要があります。

 この発動事由との関係で、シンプルに上記のようなM&Aの場合を対象とする場合と、ある一定の時価総額以下のM&Aのみを対象として、一定金額以上の金額のM&Aの場合にはみなし清算規定の対象としない場合があります。

IPOの場合には、みなし清算的な分配はなく、優先株式も普通株式に転換されることから、IPOに匹敵するような時価総額が高いM&Aの場合には、みなし清算の対象外とすることは、合理性があると考えます。

 また、みなし清算の目的を、より大きなリターンというより、小規模なM&Aでの不合理な分配を避けたいということに主眼をおく場合には、上記の「一定金額」を、投資家が投資した場合の時価総額(上の例でいうと「20億円」)とすることも考えられます。

 従って、発動事由については、以下のようなパターンが考えられます。

①シンプルに全てのM&Aに適用する。

②IPOに匹敵するような時価総額が高いM&Aの場合には適用除外にする。

③投資家が投資した時価総額を下回る等、金額が低いM&Aの場合にのみ適用する形にする。

 スタートアップの起業家としては、このようなパターンがあり得ることを理解して、自分の会社にどのようなM&Aが起こり得るのかを想定しつつ、VC等の投資家と適切に交渉して行くことが必要と考えます。

また、VC等の投資家としても、各案件毎にどのような形がフェアーなのかをよく検討していただき、健全な形で設計されることが望ましいと考えます。

 3.対価の分配内容

 対価の分配内容については、一般的には、優先株式の残余財産の優先分配権と同様にするケースが多いです。

理論上は、定款に定める優先株式の残余財産の優先分配と、みなし清算としてのM&Aでの対価の分配とは別である以上、両者を異なる設計とすることも可能です。

しかし、M&Aにおける対価の優先分配の定めについて、できるだけ税務上の問題が生じにないようにするためには、一つの理由付けとして、定款に定める優先株式の残余財産の優先分配とパラレルにしておく方が安全と考えられます。

実は、みなし清算規定については、税務上の問題を生じないかという点については、特段の法令、通達、判例等があるものではなく、実際にはケース・バイ・ケースで税務当局が判断する可能性あります。そのため、どのような形であれば、確実に安全であるかということは断言できないのです。

 分配対象の対価が「現金」の場合は、単純にみなし清算規定において定められた優先的な分配金額に応じて分配すれば良いのですが、株式等の現金以外の場合には、その「評価」が必要になるため、この点の取り扱いも定めておく必要があります。

 4.全株主を当事者とする必要性

 みなし清算規定の設計において重要な点は、原則として、全株主を当事者とするべきという点です。

みなし清算規定は、優先株式を保有する投資家等の一定範囲の株主に優先的な分配をするものであり、この規定によって、M&Aの対価の分配額が変動することになります。例えば、普通株主が5名いる状態で、そのうち社長だけが、投資家との契約に基づいて、M&Aのみなし清算規定に同意していたとします。この場合にM&Aが生じ、その場合の単純な持株比率に応じた1株当たりの金額が50万円のところ、社長は投資家とのみなし清算規定によって優先株主の優先分だけ対価が減って1株当たりの分配金額が30万円だった場合、同じ普通株式になのに、50万円と30万円という1物2価の状況が生じてしまい、税務的に非常にリスクが高い状況となります。これは、普通株主だけの問題ではなく、買収社側としても、税務上の問題が生じる可能性が生じ、そもそものM&Aの支障となる可能性もあります。

従って、同じ種類の株式については、同じ金額の対価が分配される必要があり、そのためには全株主を当事者として拘束する必要があります。

しかし、株主が多い会社や、投資家が提示した契約への同意を取り付けにくい株主がいる会社などもあり、実際には、全当事者を拘束することが難しいケースもあります。この場合は、後述するように、定款に定めることである程度の対応を図っていくことが考えられます。

 5.定款か、契約か?

 みなし清算規定については、これを株主間の契約として定めることは、契約自由の原則から問題ないものと考えます。

これを定款で定めることも一般的には可能であると考えられています。しかし、定款で定めた場合には、注意するべき点がいくつかあります。

 まず、M&Aにおいて最も典型的なケースは、株式譲渡による買収ですが、株式譲渡は株主が行う取引であって、会社の関与は株式譲渡の承認程度であって、これは会社の組織再編行為ではないため、株式譲渡の場合の株主間の対価の分配を会社の定款に定めた場合に、果たしてこれが本当に法的拘束力を有するか疑問の面があります。

 また、合併、株式交換、株式移転、会社分割等の組織再編行為については、反対株主の買取請求権が発生するケースがあり、みなし清算規定を定めた場合に、これを排除できるか疑問であり、反対株主の買取請求権を発動されることで、実質的な分配対価が変わってしまったり、M&Aの実行に支障が生じる可能性があります。

 また、対価の分配内容に関する部分で述べたように、対価が株式等の現金ではない場合には、その対価を「評価」する必要が生じますが、この評価に誤りが生じた場合には、誤った評価で分配を行った再編行為は、定款違反として無効になってしまうのか、誤った分配内容だけが無効で株主間で精算すればよく、再編行為自体は有効といえるのかという問題あります。

 定款については、このような限界もあるので、みなし清算規定はできる限り全株主を当事者とする契約でも定めておいた方がよいと考えます。

 6.最後に

 みなし清算規定は、単に投資家がより多くのリターンを得たいという利己的なものではなく、時価総額が高い状況で投資をする投資家の利害関係を考慮して、M&Aにおけるフェアーな分配を実現するという意味で、ベンチャー投資においてはとても重要な規定です。

特に、日本のベンチャー業界でも徐々にM&Aが活発化してきた状況に鑑みると、実際にM&Aが生じた場合に、起業家及び投資家の双方にとって、想定外の分配結果が生じないように、投資の段階で、予めきちんと議論をして取り決めをしておくことは、重要だと思います。

執筆者
AZX Professionals Group
弁護士 マネージングパートナー CEO
後藤 勝也
Gotoh, Katsunari

いかがでしたか。

みなし清算規定は、米国のベンチャー実務では極めて一般的なものなのですが、日本のベンチャーでもM&Aの重要性の高まりとともに、ここ数年急に増えてきた感じがします。

スタートアップの起業家にとっては、自分自身ではM&Aを経験したことがない人がほとんどであり、M&Aとなった場合の状況をリアルに想像するのはなかなか難しいことかもしれないのですが、せっかくの起業を実りあるものとするべく、是非みなし清算規定を含めてM&Aについてよく勉強しておくことをお勧めします。

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