弁護士の高橋です。
テレワークの導入に関しては以前から必要性が高まっているところであり、アドバイスも巷に溢れています。しかし、コロナウイルス問題により、事前準備なく、明日からテレワークを導入しなければならないというケースでは、平時のような悠長な手続きを踏んでいる暇はありません。このような有事の際に、最低限の事項を遵守しながら適法にテレワークを導入するためのポイントを簡潔にまとめました。なお、在宅勤務、リモートワークなど様々な呼称がありますが、厚生労働省のガイドラインなどでは「テレワーク」という用語を総称として採用していますので、これに従います。
(1)導入の手続きは?
まず、就業規則の必要的記載事項には「就業の場所」という項目はありませんので、導入自体について就業規則に定める必要はありません。
次に、労働基準法第15条には就業時の労働条件明示義務があり、「就業場所」も含まれます。したがって、多くの企業では労働条件通知書や雇用契約書に「就業場所」の項目を設けているはずです。雇用契約等の「就業場所」の項目で「本社オフィス、その他会社が指定する場所」などと書かれていれば、後段の記載により、会社が自宅を指定することが可能です。
他方、「本社オフィス」としか記載されていない場合は、これが労働条件として合意されていますので、従業員の同意を得て変更する必要があると考えられます。このご時勢であれば多くの従業員は変更に応じてくれるはずですが、「家では仕事ができない」などと反対された場合は、厳密には休業手当を出して従業員を休ませざるを得ない可能性もあります。
(2)休憩時間の取扱い
在宅勤務等のテレワークに際しては、買い物や家族の送迎など、就業時間中に労働者が業務から離れる時間が生じやすいと考えられます。
この時間は(携帯電話等を通じていつでも指揮命令できるという状況でない限り)「休憩時間」と考えられますので、原則として当該時間分の給与は控除することとなります。あるいは、始業時刻を繰り上げる、又は終業時刻を繰り下げるなどして、従業員の1日の総労働時間が変わらないようにすることが考えられますが、たとえ従業員の合意があり、かつ従業員の便宜を図って行われる場合でも、就業規則に反する合意はできませんので(労働契約法第12条)、この場合は就業規則もあわせて変更する必要があります。
また、これを機にフレックスタイム制を導入することも考えられますが、導入には労使の協定が必要になるなど(労基法32条の3)、所定の手続が必要ですので注意が必要です。
なお、休憩時間については、法律上、原則として一斉に付与しなければならないという規定があります(労働基準法34条)。この点、テレワークの場合に不都合であれば、労使協定を締結して一斉付与の原則を外すことも可能です。また、当該規定は労基法最低限付与しなければならない休憩についてのものであるため、企業が任意で与える休憩には適用されないと考えられます。たとえば、12時から13時の間に一斉休憩を与え、ある従業には17時から18時まで保育園のお迎えのための休憩を付与する場合、後者の休憩時間には適用されません。
(3)勤務時間の管理
テレワークは従業員の働きぶりを直接確認することができないため、労働時間の管理に最も頭を悩ませるのではないかと思われます。
この点、会社PCを貸与している場合は、PCへのログイン、ログオフの時間で管理することが考えられます。但し、ログインしていても勤務しているとは限らないため、業務開始時にチーム全員に一斉メールさせる、業務終了時に報告書を上長に提出させる、といった方法でカバーしているケースも多いです(とはいえ、完璧ではないので、ある程度は信頼するしかないという面はあります…)
他方、自宅のPC等につないでテレワークを行う場合は、勤務時間は自己申告に頼らざるを得ないと考えられます。この場合、自己申告により把握した労働時間と、業務量や報告時刻などから推定される労働時間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施することや、残業時間に関する自己申告を不当に阻害しないこと等がポイントとされています。
参考:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
もっとも、労働時間の管理において自己申告制は望ましくないとされていますので(上記ガイドライン)、テレワーク導入の際はできるだけ速やかに客観的に労働時間を管理できる体制を整えた方がよいと考えます。また、テレワークの場合は、昼夜逆転するなどして深夜残業が発生してしまうケースもありますので、通常勤務以上に労働時間をしっかり管理する必要があると考えます。
なお、テレワークに使えそうな制度として「事業場外労働のみなし労働時間制」(労働基準法38条の2)というものもありますが、これは、作業が随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないことが要件の1つになっているなど、多くの企業では実務の要請に合致しないのではないかと思われます。この点について、以前当職のブログに記載していますのであわせてご覧下さい。
(4)テレワーク中の労災について
テレワークを行う従業員については、オフィスにおける勤務と同様、労働基準法に基づき、使用者が労働災害に対する補償責任を負い、事業主の支配下にあることによって生じた災害は労災の対象となります。
たとえば、厚労省のガイドライン(末尾参考資料の1)では、自宅で所定労働時間にパソコン業務を行っていたが、トイレに行くため作業場所を離席した後、作業場所に戻り椅子に座ろうとして転倒した事案は、「業務行為に付随する行為に起因して災害が発生しており、私的行為によるものとも認められないため、業務災害と認められる。」とされています。
テレワークでは、場所の点だけにとらわれて「事業主の支配下ではない」と考えてしまいがちですが、在宅であっても業務時間中に発生したものは、私的行為に起因するものでない限り、労災の対象になる可能性があるため、注意が必要です。
(5)出社を強制できるか
ここまでは企業がテレワークを導入する際の注意点について記載してきましたが、逆に企業が何らかの理由でオフィスへの出社を強制することはできるのでしょうか。
この点、基本的に就業場所を決めるのは企業の裁量に委ねられていますので、平時であれば(従業員との合意に反しない限り)もちろん可能です。また、コロナのような有事の際でも、政府当局から外出禁止令のような強い発令が出た場合は別ですが、本稿執筆時点ではあくまで要請に留まっており、企業の自主的判断に委ねられていると言えるため、業務上その他何らかの理由で出社を要請したとしても、法的に問題となる可能性は低いでしょう。なお、実務上の留意点として、テレワークを指示する際、会社の合理的な要請があった場合は、それに応じて出社することも約束させておいた方がよいと考えます。
ただし、企業には従業員への安全配慮義務がありますので、たとえば従業員の1人に感染者が出た場合等には、同オフィスの従業員は一時的にテレワークにすることが求められるでしょう。また、妊娠中の従業員などに対してテレワークの選択肢を設けることも安全配慮義務の観点から望ましいと考えられます。
(6)派遣社員の取扱い
派遣社員に対してテレワークを適用する場合の注意点についても触れておきます。
労働者派遣法では派遣会社と締結する契約書の就業場所を明示するよう求めています。しかし、現状の契約の多くは在宅勤務を想定した規定となっていないものと思われます。この点、事前に派遣会社と覚書等を締結して対応することが望ましいと考えます。
また、テレワークさせることで発生する費用を、派遣元、派遣先どちらが負担するのかという点も両者で決めておいた方がよいでしょう。
さらに、派遣社員にのみテレワークを認めないという対応は、正規雇用と非正規雇用の待遇格差是正を要請する「同一労働同一賃金」原則に違反する可能性もあるため注意が必要です。
(7)設備利用と費用負担
テレワークに使用するPCや通信機器を会社が貸与するか、私物で対応してもらうかという論点があります。会社のPC等を貸与する場合は、目的外使用の禁止、返還等についての誓約書を提出してもらった方がよいと考えます。
また、会社貸与の場合はもちろんのこと、私物であっても、セキュリティー対策として、一定の信頼性が担保されているセキュリティーソフトの導入を義務付けることが考えられます。また、機密情報管理の観点から、自宅において作業する際は、家族が情報を閲覧しないような環境で行わせることも注意点です。
なお、通信費等について、会社が実費を負担しようとする場合、私用との切り分けが難しいという問題があります。他方、実費相当額を固定額で支払う場合には、割増賃金の算定基礎に含める、課税、保険料の対象となってしまう可能性があるという点に注意が必要です。(現状は従業員の自己負担としている会社も多いという認識です)
以上、有事の際のテレワーク導入について、ポイントを解説しました。厚生労働省からは以下のような資料も出ていますので掲示します。但し、これらは平時の際の導入を想定したものであり、「明日からテレワークを導入せざるを得ない」という緊急の場面には適さない面もあります。冒頭でも述べた通り、本ブログは、事前準備の時間がない場合でも、最低限の事項を遵守しながら適法にテレワークを導入するためのポイントをピックアップしたものであり、平時の場合は下記の資料等に従って入念に準備を行った方がよい点、ご留意ください。また、PCへのウイルスソフトの導入などセキュリティ面も重要ですが、本稿では法的な点に絞って検討しています。
参考資料
1.テレワークにおける 適切な労務管理のための ガイドライン
弁護士 パートナー
今回触れたテレワークの点以外にも、対面業務が必須の従業員を休ませてよいか、その場合の手当はどうするかなど、経営陣が悩まれる点は多いと思われます。迅速な決断が求められる状況ですので、ご不明点がありましたらお気軽にお問合せ下さい。