お久しぶりです。AZXの弁護士の渡部です。
新型コロナウィルスの影響もあり、事業や生活に色々な支障が出ておられるかと存じます。
そんな中、新型コロナウィルスの対策として様々な変化も生じてきており、手続の迅速化という観点からは望ましい変化も出てきていると感じております。
本日は、手続の迅速化に関連して、当事務所でも対応している登記手続に関することをお話させていただきます。すこしニッチな内容になるかもしれませんが、登記実務のオンライン化を検討されている皆様に是非ご参照いただければと存じます。
登記手続をする際、実際に捺印をした書面を添付書類として登記申請をすることが一般的な実務慣行ではあるのですが、添付書類の捺印についていわゆる電子署名を利用して、完全にオンラインで登記手続を完結させることも可能になります。かかる制度は従前から認められていたものの、法務局が許容する電子署名の種類が限定されていることもあり、あまりこの手法は普及してこなかったのですが、コロナ禍の影響もあり、企業の皆様の間でも利用が普及してきている電子署名が法務局での利用が認められたりする等、電子署名を利用してオンラインで登記申請を完結させやすい環境になってきたという印象があります。
結論としては、オンラインで登記手続を完了させるには、一般的に普及している電子署名の利用だけでなく、いわゆる「実印」に相当する電子署名の利用をできるような状況にしておく必要はあるのですが、この点も含め、登記手続における電子署名の利用についてお話をしたいと思います。なお、本ブログでは、登記を申請する会社が押印や電子署名をする場合、法務局に印鑑を届け出ている代表取締役名義で押印や電子署名をすることを前提としております。
目次
1.電子署名の法的な位置づけ
電子署名を利用した登記手続についての解説の前に、そもそも電子署名はどのような建付けのサービスなのかという点を解説したいと思います。
電子署名とは、従来の署名や捺印に変わる電磁的な方法による署名になりますので、まずは従来の署名及び捺印の法的意味について以下にて解説します。
(1) 署名及び押印の法的効果
紙ベースの書面に付された署名や押印については、民事訴訟法により、文書に署名又は押印がある場合には、その文書は「真正」に成立したものであると推定されることとされています(同法第228条第4項)。
詳細な解説は割愛させていただきますが、要するに、紙の書面に署名又は押印があると、その文書は、その文書の作成者の意思によって作成されたものである(これを文書の「真正」といいます。)と裁判所に推定してもらうことが可能になるため、例えば、契約書に押印がある場合には、基本的にはその契約書に記載の通りの内容で、契約当事者間で契約がなされたと裁判所は推定してくれることになります。
勿論、押印があったとしても、例えば押印に用いられた印鑑は盗まれたものであり、押印者による押印は不可能であった等の事情があれば、文書の真正を否定することもできるのですが、実務的にはかかる押印のある文書の真正を否定するのはかなりハードルが高いと考えられるため、この押印の効力は裁判手続という観点からすると、非常に強力なものといえます。
署名や押印がなされる場面として多いのは、契約の締結時だと思いますが、日本法においては、押印自体は契約の成立の要件ではないため、原則的には(例外として書面による契約をすることが契約の成立が要件となっているものもあります。)、口頭だけでも契約は成立することになります。
しかし、口頭の契約だと、「言った」「言わない」の争いとなり、このような場合に契約の存在という主張を裁判所に認めてもらうために契約書という証拠を提出することになります。そして、当該契約書に署名又は押印があれば、契約書に記載通りに契約があったということを裁判所に認めてもらいやすくなるということになります。
(2) 電子署名の種類と法的効果
これに対して、電子署名は、このような強力な力を与える実際の署名や押印に代わって、文書の真正を証明する手段として用いられるものになります。
電子署名に関しては、電子署名及び認証業務に関する法律(以下「電子署名法」といいます。)において、電子署名が付されているときは文書の真正が推定されるとされているため(同法第3条)、電子署名がある文書については、上述した紙の文書への署名又は押印と同様の法的効果を有することになるといえます。
電子署名に関するサービスには、①電子署名法に定められる認証認定機関が特定認証業務を行う電子署名に関するサービス(以下「認証業務電子署名」といいます。)と、②当該文書作成者によって文書が作成されたことを電子署名のサービス提供者が証明をするという方法で事実上文書が真正であることを証明するというサービス(以下「一般電子署名」といいます。)があり、一般的に電子署名という場合には、②の一般電子署名のことを思い浮かべる人が多いのではないかと思います。そして、①認証業務電子署名と②一般電子署名のどちらなのかによって、電子署名法に定める上記の文書の真正に関する推定規定が適用されるかが変わるのかという解釈上の論点があったのですが、この点については、2020年7月17日に総務省、法務省及び経済産業省の連名にて電子契約サービスに関するQ&Aが公表され、大要、電子署名に関するサービスの提供者の意思が介在することなく、当該サービスの利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保されていると認められる場合であれば、電子署名法上の「電子署名」の要件を満たすという解釈指針が示されたため、今後は、一般電子署名も、電子署名法上の「電子署名」として扱える可能性があることが明言されたことになると考えられます。
2.電子署名の登記への利用
(1) どんな場面でも一般電子署名のみで登記を完結できるのか?
以上のように、電子署名については、広く従来の署名や押印と同様の真正の推定機能を有するものと考えられるようになったのですが、登記に関しては、電子署名法に定める「電子署名」の要件を満たす場合でも、全ての押印が当該電子署名のみで完結するものではないと考えられるため、注意が必要です。
すなわち、オンラインで登記申請の添付書類を提出する場合に、登記申請をする会社や紙ベースでは実印(法人の場合には法務局届出印、個人の場合には市区町村で届け出ている実印を意味します。なお、実印以外による捺印を、以下「認印」といいます。)が要求される書類を提出するときの捺印者に関しては、大要、紙ベースでの「実印」に相当するものとして以下の電子証明書(以下あわせて「電子実印」といいます。)の送信が必要になると考えられます。
- 法人:法務局による商業登記電子証明書
- 個人:公的個人認証サービス電子証明書(マイナンバーカード)又は認証業務電子署名
ざっくり申し上げると、登記手続において一般電子署名のみで足りるのは、登記申請の際の添付書類について、電子実印を利用しなくてもよい場合であり、少なくとも紙ベースで提出する添付書類において実印が必要とされている書類については(一般電子署名を付していたとしても)電子実印を利用することが必要になると考えられます。また、電子ファイルで添付書類を提出する場合には、紙ベースでは実印が要求されていなかった書類についても電子実印が要求される可能性があるため、注意が必要です。
添付書類を紙で提出する場合とオンラインで提出する場合に必要な捺印の種類は、大要以下の通りになると考えられます。なお、「一般電子署名×」としている箇所は、書面に一般電子署名をした場合でも、それに加えて電子実印が必要になるという趣旨になります。
登記申請との関係においては、一般電子署名であれば何でも利用が許容されるのではなく、法務大臣が認めたもののみの利用が許容されると考えられますので、一般電子署名としてどのようなものが認められるかという点については申請時に確認が必要という点に注意が必要です(本ブログ公開時点において登記で利用できる一般電子署名は、弁護士ドットコム株式会社が被認証者となっているサイバートラスト株式会社の「Cybertrust iTrust Signature Certification Authority」(いわゆる「クラウドサイン」を意味するものと考えられます。)、GMOグローバルサイン株式会社の「GlobalSign CA 2 for AATL」及びセコムトラストシステムズ株式会社の「セコムパスポート for Public ID」になると考えられます。
ご参照:http://www.moj.go.jp/MINJI/minji60.html)。
(2) 一般電子署名を利用した登記手続の例
紙ベースでも実印が必要な場合には電子実印が必要になるのはわかりやすいのですが、紙ベースの場合には認印が許容される場合でも、オンラインで添付書類の提出をする場合には電子実印が必要になるケースがあります。これは、商業登記規則において、電子署名をする者が法務局に「印鑑の提出をした者」(以下「印鑑届出者」といいます。)であるとき(つまり、会社の代表取締役が押印する場合)については、送信すべき電子証明書は商業登記電子証明書に限るとされている(商業登記規則第102条第6項本文)ことによるのですが、要するに、添付書面への捺印者が法務局に印鑑を届け出ている法人の代表者の場合は、常に電子実印が必要となり、一般電子署名のみの捺印では登記は受け付けてもらえないということになると考えられます(契約締結について一般電子署名を利用することを否定するものではなく、契約締結において一般電子署名を利用した場合でも、登記申請との関係では、それに加えて電子実印が必要になるという趣旨になります。)。
ご参考までに、登記手続を完全にオンラインで完結しようとする場合に必要な捺印の種類について、弊所でもよく取り扱う取締役会設置会社(非公開会社)における普通株式での増資について検討すると、以下の通りになると考えられます。
*1 一般的には会社の実印で捺印されることが多いと考えますが、厳密には認印でも許容されると考えられます。
*2 引受人が個人の場合には一般電子署名の利用が可能と考えられますが、引受人が法人の場合には、「印鑑届出者」に該当するため、電子実印が必要になると考えられます。
なお、オンラインで登記申請を完結させようとする場合に、添付書類にどのような種類の電子署名を付す必要があるかという点は、各登記事項によって要件が異なり、また、各法務局や各担当官の取扱いによって必要な書類やその体裁が異なることもあり得る等、今後実務的に対応が必要な事項や取扱いそのものが変わる可能性もあると考えられます。そのため、実際に電子署名を利用してオンラインで登記手続を完結させる場合には、必ず専門家にご相談ください。
(3) 一般電子署名を利用してオンラインで登記手続を完了させるための準備
以上をまとめると、登記申請をする会社、登記申請の添付書類に押印をする法人、登記申請において実印を押印する可能性がある役員等が電子実印を利用できるようにして、その他の捺印に関して法務局に許容される一般電子署名の利用をすることができる環境が用意できれば、オンラインで登記申請を完結するのが容易になるということになります。
具体的には、会社においては商業登記電子証明書を利用できるように法務局にて手続をする、役員等の個人についてはマイナンバーカード(厳密には認証業務電子署名の利用も可能と考えられますが、最も身近なマイナンバーカードをご用意いただくのが簡便と考えております。)を取得していただく必要があると考えられます(電子実印に関する電子証明書の取得には手数料がかかる場合があると考えられる点、ご注意ください。)。
会社における商業登記電子証明書の取得及び利用については、以下の法務省のウェブページをご参照ください。
http://www.moj.go.jp/ONLINE/CERTIFICATION/index.html
https://www.touki-kyoutaku-online.moj.go.jp/download.html
また、個人の方のマイナンバーカードの取得については、以下の地方公共団体情報システム機構のウェブページをご参照ください。
https://www.jpki.go.jp/
弁護士 パートナー
いかがでしょうか。結果としては、登記申請をする当該会社だけでなく、登記申請をする際に提出する書類に押印する当事者となる法人及び個人において電子実印を利用できる状態にしておくことが必須となると考えられますが、一般に普及していて容易に利用できるようになってきている一般電子署名を法務局での登記申請にも利用することが認められるようになってきていることから、以前に比べるとオンラインのみで登記申請手続を完結しやすい状況となってきたと考えられます。 個人的には、直接人と人とが対面するアナログな面も大事にしたいと思っていますが、登記申請手続等の事務的なものについては、早くかつ簡単に手続を完了させることができるようになるのは良い方向であると感じています。 AZXでは、商業登記の専門家が多数おり、また、オンラインでの登記申請も対応しておりますので、お気軽にお問い合わせください!