先日平井弁護士がドラッグ・アロング・ライト(DragAlongRight)についてブログにて解説しましたが、今回は、ドラッグ・アロング・ライトとほぼセットで規定される、M&Aにおける優先株主の優先的な分配を定める「みなし清算」について解説します。
1.「みなし清算」とは
みなし清算(DeemedLiquidation)とは、M&A(買収、合併等)の場合に、清算したものと”みなして”対価の清算を行う規定をいいます。これは、優先株式の残余財産の優先分配権とパラレルに考えて、M&Aが生じた場合に、優先株主がM&Aの対価について一定の優先的な分配を受けられるように定めるものです。M&Aにおける対価の分配について、高い株価で投資した優先株主の権利及び利益を一定の範囲で保護するためのものといえます。
例えば、創業チームが500万円出資して会社を作ったとします。その後資金調達を重ねて、会社の時価総額が順調に大きくなり、投資家Aが、ポスト20億円の時価総額で2億円を出資し、これによって、仮に創業チームの持株比率が60%、投資家Aの持株比率が10%になったとします。しかし、会社の事業が伸び悩み、ここで時価総額10億円のM&Aを実行することになった場合、単なる持株比率でM&Aの対価を分配すると、創業チームは6億円、投資家Aは1億円の分配を受けることになり、創業チームは5億9500万円の利益を得るのに対して、投資家Aは1億円の「損失」になります。
これに対して、投資家Aが優先株式で投資をしていた場合、残余財産の分配請求権として、出資金額1倍の「2億円」が優先分配額だとすると、今回の10億円がM&Aではなく、10億円を残余財産として、会社を解散・清算した場合には、投資家Aは、まず2億円分の分配を受け、さらにその上で、創業チームと同率等での分配を受けられ、少なくとも「損失」にはならなかったはずです。
投資家Aにとっては、M&Aの場合でも、解散・清算の場合でも、会社がIPOに至る前に投資が終了してExitすることになることに変わりはなく、そうであればM&Aの場合も、解散・清算の場合と同様に優先的な分配を受けるのがフェアーな形とも考えられます。
このようにM&Aにおける優先分配を定めるものがみなし清算です。
2.みなし清算規定の概要
みなし清算規定は、①発動事由と②対価の分配内容で構成されます。
まず、発動事由については、対象となるM&Aが明確になるように定義する必要があります。株式譲渡、株式交換、株式移転、会社分割(株主に対価が分配される人的分割)等で既存株主の持株比率が50%未満となるようなケースを対象事由としての「買収」と定義することが一般的です[1]。
次に、対価の分配内容については、一般的には、優先株式の残余財産の優先分配権と同様にするケースが多いです。[2]
理論上は、定款に定める優先株式の残余財産の優先分配と、みなし清算としてのM&Aでの対価の分配とは別である以上、両者を異なる設計とすることも可能です。しかし、M&Aにおける対価の優先分配の定めについて、できるだけ税務上の問題が生じにないようにするためには、一つの理由付けとして、定款に定める優先株式の残余財産の優先分配とパラレルにしておく方が安全と考えられます。なお、以前の横田弁護士のブログでも解説した通り、近時、米国の投資実務を踏まえ、優先株式の残余財産の優先分配について非参加型を採用するケースも散見されるようになってきており、この場合、M&Aにおける対価分配も同様に非参加型が前提となります。
3.全株主を当事者とする必要性
みなし清算規定の設計において重要な点は、原則として、全株主を当事者とするべきという点です。
みなし清算規定は、優先株式を保有する投資家等の一定範囲の株主に優先的な分配をするものであり、この規定によって、M&Aの対価の分配額が変動することになります。例えば、一部の株主がみなし清算に同意していないケースで、その株主にM&Aに応じて貰うため、同じ普通株式又は同種類の優先株式を有する他の株主よりも高い分配額を設定した場合には、1物2価の状況が生じてしまい、税務的に非常にリスクが高い状況となります。従って、同じ種類の株式については、同じ金額の対価が分配される必要があり、そのためには全株主を当事者として拘束する必要があります。
4.定款に定める?契約に定める?
みなし清算規定については、これを株主間の契約として定めることは、契約自由の原則から問題ないものと考えます。
同様に、定款で定めることも一般的には可能であると考えられていますが、定款で定めた場合には、注意するべき点があります。
具体的には、M&Aにおいて最も典型的なケースは、株式譲渡による買収ですが、株式譲渡は株主が行う取引であって、これは会社の組織再編行為ではないため、株式譲渡の場合の株主間の対価の分配を会社の定款に定めた場合に、果たしてこれが本当に法的拘束力を有するか疑問の面があります。
また、合併、株式交換、株式移転、会社分割等の組織再編行為については、反対株主の買取請求権が発生するケースがあり、みなし清算規定を定めた場合に、これを排除できるか疑問であり、反対株主の買取請求権を発動されることで、実質的な分配対価が変わってしまったり、M&Aの実行に支障が生じる可能性があります。
定款については、このような限界もあるので、みなし清算規定はできる限り全株主を当事者とする契約でも定めておいた方がよいと考えます。
5.まとめ
みなし清算規定は、投資家の利害関係を考慮して、M&Aにおけるフェアな分配を実現するという意味で、スタートアップ投資においてはとても重要な規定です。
昨今、日本のスタートアップ業界でもM&Aが活発化してきた状況に鑑みると、実際にM&Aが生じた場合に、起業家及び投資家の双方にとって想定外の分配結果が生じないように、投資の段階で予めきちんと議論をして取り決めをしておくよう心掛けましょう。
【脚注】
[1]事業譲渡や会社分割(会社に対価が分配される物的分割)の場合は、対価が株主に分配されないので、ストレートにみなし清算条項の対象にすることはできず、この場合は、会社を解散・清算したり、別途剰余金の配当をするなどの形で株主に分配する旨を定める必要があります。
[2]分配対象の対価が「現金」の場合は、単純にみなし清算規定において定められた優先的な分配金額に応じて分配すれば良いのですが、株式等の現金以外の場合には、その「評価」が必要になるため、この点の取り扱いも定めておく必要があります。