AZX弁護士の後藤です。春の訪れが待ち遠しい季節となりました。わが家のリクガメ(愛称「ベッカメ」)は、まだ寒いので部屋の隅でほとんど動かない状況ですが、バナナを目の前に置くと、目を輝かせて、鼻息荒くかぶりつきます。ベッカメくんは、バナナ、パイナップル、猫エサが大好物です。
ところで、前回、投資契約の概括的な解説を行いましたので、今回から各論に入り、まずは、よく質問を受ける取締役派遣条項について解説したいと思います。
ベンチャー企業における資金調達にあたり、投資家サイドから取締役の派遣を要請されることがよくあります。
この点に関して、ベンチャー企業側から「取締役の派遣を受けて大丈夫でしょうか?何か気をつけることはないでしょうか?」という質問を良く受けます。
他方で、AZXでは、VCのクライアントも数多くいるので、VC等の投資家サイドからも「取締役の派遣をする場合に気をつけることは何でしょうか?」という質問を受けるケースも多いです。
ベンチャー企業側と投資家側の両方サイドの事情を理解して、両者にとって共通の認識と理解を形成することはベンチャー業界にとってとても重要だと思うので、今回は取締役派遣条項について解説したいと思います。
目次
1. 投資家側にとっての必要性
投資家にとってなぜ取締役の派遣を希望するのでしょうか。
その主要な理由は大きく以下の2点にあります。
①取締役会の意思決定が事業計画の遂行にとって適正なものとなるよう監視監督したい。
②取締役として、会社の情報を適切に把握しておきたい。
①については、取締役会の決定は、取締役の過半数で行われるため、投資家サイドの取締役が過半数となっていない限り、取締役会の意思決定をコントロールすることはできません。
従って、投資家が1人だけ取締役を派遣しても、法的な意味では実効力は乏しいと言えます。しかし、取締役は、取締役会で発言できる立場にあり、取締役会という重要な意思決定の場において、株主サイドの視点をもった取締役が企業価値の向上に向けて発言をすることは、会社の経営に大きな影響を与える可能性があります。また、一人の取締役が会社の企業価値の向上にとって適切な意見を述べていながら、それを無視して、反対サイドの多数の取締役が不適切な決議をした場合、会社法的には決議は有効であるとしても、賛成した取締役は善管注意義務に違反したとみなされるリスクが高まります。特に、取締役会で注意喚起があり反対意見がなされていた以上、その点は「知らなかった」「気付かなかった」という言い訳はできない状況になります。
その意味で、取締役として、取締役会に出席して、発言できることは、実質的な意味はあり、投資家の監視機能を強化する面はあると思われます。
②については、VC等の投資家が派遣した取締役が取締役会で開示された情報を得ることができるのはもちろんのこと、取締役として、他の取締役の監視義務があり、会社の情報を把握しているべきものである以上、取締役から会社に関する情報を要請された場合、会社としてそれを拒絶するのは困難であり、会社の情報を把握するという点では、取締役を派遣することは有用と考えられます。
しかし、上記2点については、取締役会へのオブザーバーの派遣と投資契約での情報請求権である程度代替補完できる面もあるため、投資家として、取締役の派遣にこだわる必要があるかという点は慎重に検討した方がよいと考えます。VCにおいて、投資契約上、取締役派遣の権利をもちつつも、実際には行使せず、オブザーバーにとどめているケースもよくあります。
2. 投資家側にとっての留意点
投資家側にとって取締役を派遣することに伴い留意するべき点は以下の5点と考えます。
①経営責任
取締役である以上、会社及び株主全員に対して経営責任を負っています。
取締役として賛成した議案に関して、それに基づき会社に損害が生じた場合には、経営責任が生じ、損害賠償義務を負う可能性があります。
この点のリスクヘッジのために、責任限定契約は必須と考えます。
また、役員賠償保険もできるだけ加入した方が安全です。
②利益相反
投資家派遣の取締役であっても、会社の企業価値の向上のために、取締役会で意見を述べ、意思決定をするべき義務があります。自分の派遣元の投資家は株主の一人にすぎず、取締役としての職務上、当該特定の株主だけの利害を優先することはできません。
例えば、投資先の業績がうまく行かず、前回の資金調達の株価より下げてでも資金調達をせざるを得ない場合(いわゆるダウンラウンドの場合)、それが自分の派遣元の投資家にとっては望ましいことではないとしても、会社の存続のために必要であると考えるのであれば、資金調達を進めるべきこととなり、実質的な利益相反状態が生じることになります。
このような利益相反状況は、資金調達の場面だけでなく、投資契約での拒否権条項に該当するような事項の決定などの場合にはよく起こり得ることです。
この場合、取締役会でどのように発言するべきか、決議において棄権するべきか、欠席するべきかなどを慎重に検討する必要があります。
場合によっては、取締役を辞任した方が安全なケースもあります。
③責任追及が困難となるリスク
投資家派遣の取締役が、取締役会において賛成した以上、当該投資家が、当該決議事項について、後に会社及び会社の取締役に責任追及することは事実上困難となります。
この場合、投資契約の拒否権条項に形式的に抵触していたとしても、黙示に承認したと認定される可能性も高くなると考えます。
VCから提示された投資契約の取締役派遣条項を見て、「取締役派遣?ベリー・ウェルカムです!だって、これって人質ですよね。VCも一緒に責任を負ってくれるっていうことですよね。」という剛胆な起業家もたまにいます。
(VCに向かって直接こんなことは言うことはないと思いますが、私はベンチャー企業側のサポートも多くやっているので、この種の本音の発言を良く聞いてしまいます。)
④辞められないリスク
取締役派遣には、上記のようなリスクがあるため、投資先の状況によっては、取締役を辞任する必要が生じる場面があります。
しかし、取締役を辞任しようとして困るケースがあります。
会社法上、取締役会設置会社は3人以上の取締役が必要です。定款で最低人数を引き上げることも可能です。
取締役が退任したことで、この最低人数に欠員が生じる場合には、最低人数を満たす数の取締役が選任されるまで、当該退任した取締役は引き続き取締役としての権利義務を負うことになります(会社法第346条)。
すなわち、辞任により取締役の最低人数を欠いてしまう場合には、実質的に辞任できないことになります。
従って、投資家が取締役を派遣する場合には、当該派遣取締役が辞任しても、取締役の人数が足りるような状況としておく必要があります。
また、仮に取締役が4名で、経営陣が2名、VCのA社が1名、VCのB社が1名の取締役を派遣している場合、A社の取締役が辞任すると、B社の取締役は辞任できなくなってしまいます。このような早い者勝ちの状況は、同じベンチャー業界でこれからも共同投資をする可能性のあるA社とB社にとっては、望ましい状況ではありません。
従って、投資家サイドは取締役の構成には十分注意して取締役を派遣する必要があります。
⑤情報開示についての善管注意義務の問題
上記で取締役派遣の理由として、会社の情報を適切に把握することをあげましたが、その関係で注意するべき点があります。
取締役は、会社に対する善管注意義務があるため、投資家派遣の取締役といえども、取締役の職務として取得した情報を、一株主である自分の派遣元の投資家に何でも開示できるものではなく、開示する場合には、発行会社の了解を得る必要があります。
この点は、発行会社側も、投資家派遣の取締役に開示した情報が当該投資家内で開示されることは当然のこととして黙認していることも多いのですが、厳密にいうと上記のような問題があるので、運用上留意する必要があります。
投資契約でこの点の情報開示ができる旨を定めておくことも一つの方法です。
3. ベンチャー企業側の留意点
次に投資家から取締役の派遣を受けるベンチャー企業側の留意点について説明します。
①過半数のキープ
企業の重要な意思決定は、原則として取締役会で決定され、その意思決定は「過半数」の賛成でなされます。
従って、起業家サイドで取締役の過半数をキープしておくことはとても重要なことです。
しかし、例えば、起業家サイドで3名、投資家サイドで2名だった場合、起業家サイドでの方針の違いや内紛などで一人が投資家サイドに寝返ってしまうと、一挙に投資家サイドが過半数をとることになり、経営権を奪われてしまうことになります。
もちろん、取締役の選任は株主総会の普通決議(過半数の賛成)で行われるため、起業家サイドで持株比率を50%超キープしているのであれば、最終的には取締役会の構成を起業家サイドが過半数になるように修正することは可能です。
しかし、すぐに修正できるかというと、そもそも株主総会の招集については原則として取締役会の決議が必要なところ、上記の状況では、取締役会での株主総会の招集は期待できません。
会社法上、株主による招集も可能ですが、かなりの期間を要します。また、任期満了前に取締役を解任した場合、「正当な理由」がないと、取締役は会社に対して損害賠償請求権を有することになります(会社法第339条第2項)。
従って、タイムリーに取締役会の構成を修正することができない可能性があり、取締役会での過半数を失うことはかなりのダメージとなります。
また、議案について特別の利害関係を有する取締役は、議決に参加することができないため、起業家サイドでギリギリ過半数をキープしていても、議案によっては、「過半数」とならず、議決できないケースもあるので注意が必要です。
さらに、今回の資金調達ラウンドの後の取締役会の構成は適切な形でキープできたとしても、次の資金調達ラウンドで新たな投資家からまた取締役の派遣が要請される可能性もあります。
このようなことも考慮に入れつつ、投資家から取締役の派遣を受け入れた場合の取締役会の構成を慎重に考える必要があります。
②派遣取締役との相性
VC等の投資家から派遣される取締役の人柄や能力等の観点からの「相性」はとても重要です。取締役である以上、取締役会で発言をし、一票を持っている以上、会社の取締役のメンバーとして相応しい人になってもらうべきです。派遣取締役との相性が合わないと取締役会に無用な緊張が走り、場合によっては混乱することもあります。
私自身も、顧問先の社長から、「VC派遣の取締役との相性が悪く、会社の経営に著しい支障があるので、VCさんに派遣取締役の交代をお願いしたい。」との相談を受け、社長と一緒にVCを訪問した経験があります。その件は、VC側が事情を理解してくれて、派遣取締役が交代となり、新しい取締役は会社の事業の発展に向けて各種アドバイスや人材の紹介なども行ってくれて非常に会社とうまくいきました。
そのためVCから取締役の派遣を受ける場合には、誰が来るのかを良く確認して、会社の経営陣の一人として受け入れ可能か慎重に検討した方が良いと考えます。
4. 投資契約または種類株式による選任権
投資契約において投資家の取締役の選任権を定める場合の留意点は以下の通りです。
- 取締役の選任及び解任は会社法上は株主総会の普通決議(過半数の賛成)が要件なので、規定の実効性を保つためには、総議決権の過半数を有する株主が投資契約の当事者となっている必要がある。
- 選任のみならず解任についても定める。すなわち、解任については当該取締役を指名した投資家の同意が必要である旨を規定する。
- 責任限定契約や役員賠償責任保険についての規定を入れる。
- 派遣取締役が退任した場合の登記義務を明確化しておく。
- 派遣取締役が取得した情報を投資家に開示できる旨を規定しておく。
- 取締役会の開催義務を明確化する(毎月1回以上定例取締役会を開催する旨を規定する例が多いです。)。
- 投資家側からの取締役を派遣する権利の確保として、投資契約での規定のみではなく、種類株式による取締役選任権(会社法第108条第1項第9号)を定める場合もあります。
上記7は、特定の種類の株主総会で取締役を選任できる権利であり、定款で定め、これに反する会社の行為は無効となることから、契約より強力なものです。
しかし、特定の投資家が名指しで指名権を有する形ではなく、特定の種類の株主の多数決で取締役が選任される形となるため、表面上はマイルドに見える場合もあります。
なお、この種類株式による取締役選任権を導入する場合には、①全ての取締役についてどの種類の株主総会で選任するかを規定する必要がある点、②種類株主総会の拒否権条項に取締役の選任を入れることができない点に注意が必要です。
5. 望ましい取締役派遣に向けて
投資契約における取締役派遣条項という観点から、取締役派遣を検討すると、上記のような法律的な説明になってしまいますが、そもそも取締役とは何か?という根本な問題に立ち返る必要があります。
取締役とは、会社の企業価値の向上に向けて、各個人の知見を出し合い、会社の重要な意思決定を行うメンバーです。
全てのメンバーの意見が同じである必要はなく、むしろ、多様な意見を出し合って、それをもとに審議・検討をして、その時点での最良の意思決定に集約していく必要があります。
経験豊富なキャピタリストは、数多くのベンチャー企業をサポートし、ベンチャー企業がよく陥るワナや、ベンチャー企業がリスクをとってでも突き進むべきポイントなどをよく知っています。
そのようなキャピタリストが、取締役のメンバーとして、有益な意見を出し、取締役会の決議に参加することは、ベンチャー企業の成長にとっては望ましいことだと思います。
投資先の企業から、「是非、取締役としてサポートしてください!」と言われるのはキャピタリストとしては誉れ高いことであり、そのような形でVC等の投資家からの取締役派遣が増えることを期待したいと思います。
弁護士 マネージングパートナー CEO
いかがでしたか。
取締役は、会社の意思決定を担う重要なポジションです。
取締役会に、多様な知識と経験を集めて、建設的に議論をするという観点からは、優秀なキャピタリストがメンバーとして加わってくれればとてもプラスになる面があります。
取締役派遣についてのベンチャー企業側と投資家側の知見が共有され、企業の発展につながる取締役派遣が増えることを願っています。