AZXの弁護士の後藤です。
IPO市場は、一時期コロナを原因としてIPOが延期されるケースも出ましたが、状況も落ち着いてきて、IPOも順調に行われる状況となってきました。当事務所のクライアントも、直近ですと、8月に株式会社モダリス、9月にrakumo株式会社が上場しました!いずれも創業初期から長期間にわたりサポートさせていただいた経緯があり、IPOにより新たなステージでのスタートを迎えることができ、とても嬉しく思っています。
AZX全体でもIPO達成件数が「125件」となりました。以前私が投資契約のブログを書いていたころは80件くらいだったので、ずいぶん増えました!
私自身は、IPOに関しては、自分のクライアントのIPOをサポートさせていただいていることに加えて、主幹事証券会社側でIPO引受審査のサポートなども行っており、かなり多数取り扱っています。その関係で、以前からIPOに向けての法務の留意事項をまとめたいと思っていたのですが、仕事に追われて今に至ってしまいました。。。
コロナで会食を少し控えていることもあり、この状況でブログを書けないといつ書ける時期が来るか分からないので、意を決して書くことにしました。
全体の構成としては、①IPOにおける法的リスクの考え方、②コーポレート、③関連当事者取引、④ビジネスモデル、⑤契約書、⑥知的財産権、⑦労務、⑧紛争対応について説明することを想定しています。(こう言ってしまうと、全部書くしかないので、自分を追い込んでみました。)
今回は、最初にIPO引受審査における「法的リスクの考え方」を説明したいと思います。
IPOにおいては主幹事証券会社及び証券取引所の審査を受けることになります。IPOの審査というと、「少しでも違法なことがあったらアウト?」「訴訟があったらダメ?」など、かなりセンシティブなイメージを持たれるケースが多いですが、少しでも問題があったら即アウトというものではなく、主幹事証券会社や顧問弁護士等の専門家と共に知恵を出し合って協議を重ね、解決策を見つけて問題が解決できるケースも多くあります。
IPOを目指している場合であっても、企業は日々進化して事業を進めていかなければならず、IPOのために過度に保守的になって事業を委縮させてしまっては本末転倒の面もあります。そのため、IPOの審査にあたり、どのようなリスクが問題となるのかという点を把握しておくことはとても重要なことだと思います。
そこで、今回はまずIPO引受審査において、どのような視点でリスクが問題視されるのかという点を簡潔に説明したいと思います。なお、IPOにおいては、内部管理体制、予実管理、事業計画の妥当性など審査される項目は多岐にわたりますが、本稿では法的なリスクに関して説明します。
(1)リスクの考え方
IPOにおいては、上場審査基準を形式的に満たすかという点だけではなく、実質的なリスクの有無及び程度、それを踏まえた開示情報の正確性が審査の対象となります。
対象企業を調査して問題点を洗い出すという点は、M&A(買収)においても行われますが、IPOにおけるリスクの検討とM&Aにおけるリスクの検討については、検討対象項目が似ている一方で、根本的に違う面があります。
M&Aにおいては、特定の買手が自分でそのリスクの判断をして、買手の判断でリスクを許容することが可能です。これに対して、IPOにおいては、不特定の顔が見えない一般投資家が相手になるため、誰かにリスク判断をしてもらうということが難しく、ある問題があった場合に、抽象的に一般投資家にとってリスクといえるかどうかについて推測して判断する必要があります。
また、M&Aにおいてはそこで判明した問題は、買手にしか開示されず、一般的に開示されるものではありません(M&Aにおいては事前に買手と秘密保持契約を締結しているのが一般的です。)。これに対して、IPOにおいては、リスクは一般投資家に対して開示する必要があり、これは有価証券届出書等の形で誰もが確認可能な形で開示されます。株式市場において、「適正な開示」は極めて重要な事項であり、これが健全な株式市場の根幹をなしているといっても過言ではありません。
そのため、IPOにおいては、「適正な開示」がなされているかという点が重要な課題となり、IPOの引受審査においては、ある問題が発見された場合には、以下の2つを検討することになります。
① 開示を要するほど重要なリスクであるか?
② 開示に耐えられるリスクであるか?
IPOにあたっては、基本的には重要なリスクは全て開示することが求められます。すなわち、株式市場において、一般投資家が株式を売買する前提として、情報の透明性が確保されていることは重要な前提事項であり、有価証券届出書においても「事業等のリスク」という項目があり、対象会社のリスクは基本的に全て開示することが求められます。この関係で、IPOの際の有価証券届書等の重要な事項について虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けている場合は、損害賠償責任を負うことになっています(金融商品取引法第21条)。開示するべきリスクを開示しなかった場合は、「虚偽の記載」又は「重要な事実の記載が欠けている場合」に該当する可能性があります。但し、企業の存続や株価に影響を与えない程度の些末な問題について開示をすることまで求められているものではなく、また、逆に、些末な問題を過大に記載することは一般投資家に誤解を与えるため不適切とも言えます。従って、何か問題が発見された場合には、まずは「①開示を要するほど重要なリスクであるか」という点を検討するべきことになります。
例えば、事業の継続にとって重要な業務を委託している業務委託先との契約期間が短く、この契約が切れると会社の業務にある程度の影響が生じる場合、これは一般投資家に開示しておくべきリスクと考えられる可能性があります。実務的には、このようなリスクがあった場合、IPOにあたってできる限りリスクをなくすべきであるため、業務委託先と交渉して、契約期間を延長する合意書を締結するのが望ましい対応ですが、相手がいることであるため、どうしてもこれができない場合は、このようなリスクを開示してIPOをするという選択肢もあるかもしれません。また、少額の訴訟で、対象企業の存続や財務状況に大きな影響を与えないものについては、開示をしてIPOをすることが可能なケースがあります。
しかし、リスクがある場合は、開示をすれば問題ないかというと必ずしもそうではありません。極めてリスクが高い場合は、そのようなリスクのある会社の株式を、一般的な株式市場で売買させるのはふさわしくないということになります。例えば、重大な特許侵害をしていることが判明した場合、「当社は特許を侵害しています」と堂々と開示をしてIPOできるものではありません。すなわち、リスクの重大性によっては、「②開示に耐えられるリスクであるか?」という点を検討する必要があります。上記の特許侵害のようなケースは「開示に耐えられないリスク」ということになります。このような、「開示に耐えられないリスク」に至ると、IPOの支障となってしまい、これが解決しない限りはIPOが不可能となります。開示に耐えられないリスクとして典型的なものは、そのリスクが現実化した場合に金額的に経営成績や財務状況に重大な悪影響を与える可能性があるものや、その金額の算定が難しいもの、重大な刑事罰を伴うもの、重大なレピュテーションリスクを誘発するものなどが考えられます。
従って、IPOを目指す企業は、上記のような観点から、自社のリスクを常に確認・分析し、問題があれば早期に是正するようにした方がよいと考えます。なお、開示を要するリスクは、通常の企業経営をしていると、経営判断として取らざるを得ないケースもあり、積極的にリスクを開示して進んでいくという判断もあり得ると思います。ただ、「開示に耐えられないリスク」に至ると致命傷になってしまうため、この点の判断を誤らないことが重要であり、この点について常に専門家と相談できる体制を築いておくことは大切です。
なお、IPOの現場では、主幹事証券会社が「これはリスクなのできちんと開示しましょう。」というのに対して、企業側が「え、これリスクではないです!こんなことはよくあることで、特殊なことではないです!」と抵抗するケースがあります。企業側としては、リスクを書いてしまうと、投資家を不安にさせて、株価に悪影響が及んでしまうことを懸念して、リスクの開示にネガティブになってしまうことがあるのですが、リスクを適切に開示しないと上記のように損害賠償責任等が生じる可能性があり、逆にリスクを適切に開示することで、万一そのリスクが顕在化したときでも、「ほら、ここにバッチリ明記してますよ!」と免責を受けられる面もあります。また、私の経験上は、リスク情報を詳細に書いたからといってそれで株価に影響があるケースはほとんどないと思われます。そのため、リスクと考えらえるものについては、適切に開示をするべきです。上場会社になる以上、透明性の高い開示を行う姿勢を大切にしましょう。
(2)主幹事証券会社の立場
上記のリスクの判断について、考慮しておいた方がよい点として、IPOに関与する証券会社の立場を理解しておくことは重要です。企業側が、あるリスクについて、自己責任を自覚しており、問題が生じても自社で何とかすると主張しても、主幹事証券会社が納得してくれないケースが多くあります。それは、健全な株式市場の維持のために必要である面はもちろんありますが、主幹事証券会社が自社を守るために必要な面もあります。それはなぜかというと、IPOで株式を引き受ける証券会社は、IPOの際の有価証券届書や目論見書の重要な事項について虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けている場合は、損害賠償責任を負うことになっています(金融商品取引法第17条、第21条第1項第4号)。つまり、証券会社も自らダイレクトに損害賠償責任を負う可能性があるのです。そのため、リスク判断については、企業側が強気に頑張っても、主幹事証券会社として許容できなければ、IPOできないことになります。
この証券会社の責任については、原則として、記載が虚偽であり、若しくは欠けていること又は表示が虚偽であり、若しくは誤解を生ずるような表示であることを知らず、かつ、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったことを証明した場合は免責されることが金商法に規定されています。そのため、主幹事証券会社としては、このような免責が受けられるように、適切に引受審査を行う必要があります。
なお、上記のIPOの際の有価証券届書等の虚偽記載等の損害賠償責任は対象企業の役員等についても規定されているため、リスクを適切に開示することは、企業自身にとってもとても重要なことです。
(3)弁護士の意見書
上記のような証券会社のリスクをヘッジする観点で、法的な問題が発見された場合に弁護士の意見書が求められるケースがあります。これは、法的な問題については、法律専門家である弁護士が検討したうえで、法的なリスクが低いという意見が表明され、そのような意見書を取得したことで、万一リスクが顕在化した場合であっても、「相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかつたことを証明」する一つの資料とすることが目的となります。もちろん、これは証券会社のみならず、企業側にとってもリスクのヘッジになるものです。
このようなIPOで求められる法律意見は、弁護士の個人的な解釈や意見が求められているものではなく、当該問題についての、法律、判例、学説の状況を広く調査検討したうえで、中立的、客観的な立場での法律意見が求められており、そのような法律意見において、「リスクが低い」といえるか否かが重要となります。
弁護士によっては、この点を勘違いして、訴訟の書面のように一方的な見解を前提として相手を論破するために、自説に有利な事項だけを意見書に記載してしまうケースがあります。このような意見書を取得した対象企業は、「おー、心強い!」と勘違いしてしまうケースがありますが、これでは、IPOで求められる意見書にはなりません。このような意見書の場合は、主幹事証券会社や証券取引所から、別の弁護士の意見書を改めて取得するように要請されるケースがあります。主幹事証券会社や証券取引所も、対象企業が取得した自己に一方的に有利な意見書を丸飲みするものではなく、当然、主幹事証券会社や証券取引所側の弁護士にて当該意見書の当否(IPOの判断の基礎として十分な調査検討がなされているかという点)を精査することになります。この点を理解している弁護士に意見書を依頼しないと、無駄にコストと時間を消費してしまうことになり、場合によっては、当該弁護士と主幹事証券会社の担当者が言い争いになってしまい険悪な事態になってしまうこともあります。
また、意見書に関しては、弁護士によっては、意見書を求めたとたんに前言を翻して、「以前問題ないと言ったが、意見書は書けない。」という弁護士もいます。弁護士が、IPOにおいて主幹事証券会社から意見書が求められるケースがあることを理解せず、気軽にアドバイスをしている結果と思われます。IPOを目指す企業は、IPOにおいて、主幹事証券会社から意見書を求められることを理解している弁護士にきちんとサポートしてもらった方が安全です。もちろん、弁護士において、あらゆる問題について、常に問題ないという意見を出せるものではないのですが、法律問題が生じた場合に、将来のIPOの際に、意見書を出せるか・出せないかの判断をして、意見書を出せないのであれば、その点を企業側に伝えて、ビジネスの形を修正する等の対応策を検討することが重要です。IPO申請の直前の審査段階で急に問題が浮上して意見書が取得できないとIPOが困難となってしまうケースがありますが、IPOまでに時間がある段階であれば、解決できるケースも多いため、早めの段階から常に意識して問題点を洗い出し、対応策を検討しておくことが重要です。
弁護士 マネージングパートナー CEO