~ AZX Coffee Break Vol.3 〜
昨今の商法改正により優先株式の設計の自由度が格段に高まるとともに、ベンチャー・キャピタル(VC)がリスクの高い未公開会社に投資をする際のリスク管理の手法として優先株式の利用を積極的に検討するようになってきている。また、現在の東京証券取引所の規則では優先株式が存在したままで株式公開が可能となっている。今後、優先株式の利用は拡大する傾向にあると予測され、優先株式について理解を深めておくことは重要である。
優先株式は種類株式の一種である。種類株式とは普通株式と内容の異なる数種の株式を意味するが、その異なる内容を定めることができる事項は商法第222条第1項において、①利益又は利息の配当、②残余財産の分配、③株式の買受、④利益を以ってする株式の消却、⑤株主総会において議決権を行使することを得べき事項、⑥その種類の株主総会における取締役又は監査役の選任に限定されている。また、種類株式を発行する場合には、株主総会又は取締役会の決議事項の全部又は一部につきある種類の株主の総会(種類株主総会)の決議を要するものを定めることができ、さらに、種類株主から他の種類の株式に転換する権利を付した株式(転換予約権付株式)や逆に会社の方から他の種類の株式に強制的に転換させることができる株式(強制転換条項付株式)も発行が可能である。種類株式の設計にあたっては、その利用目的を意識しつつ、ベンチャー企業のその後の資金調達に支障が生じないか、また、株式公開との関係で支障が生じないかという点にも配慮する必要がある。
(1)優先配当 ベンチャー企業の場合、配当可能利益が無いか、又は内部留保が優先され、配当が行われないことが多く、優先配当の重要度は一般的に低いものと考えられるが、万一配当可能利益が生じた場合を想定して優先配当を規定することがある。優先配当額の定め方については、商法第222条第3項において、定款をもってその上限その他の算定の基準の要綱を定めた場合には、新株発行の取締役会又は株主総会で定めることができるとされており、算定の基準の要綱を定め、その枠内で異なる配当金額を定めた優先株式を数次にわたり発行することができる。取締役会等において決議するべき優先配当金額については、商法の文言は「配当スベキ額」となっているものの、一定の算式で示すことも許されると一般的に解釈されている。
優先配当の定めにあたっては、「参加型」か「非参加型」かを決める必要がある。「参加型」とは、所定の優先配当を行った後にさらに配当可能利益がある場合には普通株式とともに優先株式も配当を受けるものであり、「非参加型」とは優先配当を受けた後に残余の配当金額があったとしても配当を受けないものである。通常は投資家にとって有利な参加型とされることが多い。次に、「累積型」か「非累積型」かを決める必要がある。「累積型」とは、特定の年度における具体的な配当金額が所定の優先配当金額に満たない場合に、その不足額を翌年度以降に繰り越して累積させていく方式であり、「非累積型」とはそのような繰越を行わないものをいう。この累積型か否かについては、ベンチャー企業と投資家との間で考え方が対立することがある。前述のようにベンチャー企業の場合、配当が行われることは稀であり、累積型にしてしまうと優先配当するべき金額が年度毎に累積していくことになる。仮に累積型にして株式公開の時点で優先株式が一部残存してしまうことになり、かつ未払いの優先配当額の累積額が多大になっている場合には、株式公開後普通株式への配当が事実上困難となり、そのような優先株式の存在が株価に大きな影響を与えかねず、このような累積型の優先株式の存在が株式公開の支障となる可能性もある。従って、ベンチャー企業としては、このような累積型の優先株式は避けたいところである。他方で、投資家としては、優先配当金額を累積させた方が有利であり、投資家が株式公開の前に保有する全ての優先株式を普通株式に転換すれば累積型が株式公開に支障を与えるはずはないと考えることになる。この点はまだ日本のベンチャー業界では標準的な取扱いは定着していないようであり今後の検討が望まれる。
最後に、優先配当金額の調整について留意する必要がある。優先配当金額を固定金額で定めた場合、例えば株式分割で1株が2株に分割されるとそのままでは優先配当金額の合計が2倍になってしまう。そのため、株式分割又は株式併合の際に適切に調整される必要がある。また、株主割当での新株発行があった場合も実質的に株式分割と同様の効果が生じるため、調整するべきことになる。通常の第三者割当増資が行われた場合に優先配当金額が調整されるべきかについては検討を要する。優先配当金額が固定金額で定められている場合には、第三者割当増資が行われ発行済株式総数に対する優先株式の割合が減少したにもかかわらず、ある特定の配当可能利益の金額に対する優先配当金額の割合は何ら変化しないことになる。かかる状況が合理的か否かは発行体企業、普通株主、優先株主の各立場からはそれぞれ意見の分かれるところであり、具体的な事案に応じて調整をするべきか否か検討する必要がある。なお、優先配当金額を固定金額ではなく算式で設定した場合には、株式分割等の場合に調整を必要とするか否かは個別に検討せざるを得ないのでこの点注意を要する。
(2)優先的残余財産分配請求権 優先株式の場合、ほぼ確実に残余財産分配請求権についての優先規定が設けられる。最近のベンチャー企業では、増資で資金を調達し借入金額が少ないものも多く、また、資本金を全て食い潰す前に事業を停止する場合もあるため、優先的な残余財産分配請求権を規定しておくことは重要である。優先的な残余財産分配請求金額については、通常は固定金額で規定される。これを算式で規定することができるかについては、残余財産分配請求権については、優先配当の定め方について商法第222条第3項で定められている「算定の基準の要綱」に相当する規定がないため、これを否定的に解する見解もあり、判例上もまだ確定していない状況である。実務上見かけるものとして、固定金額で定められた優先的な残余財産分配額を分配して残余がある場合には、優先株式については普通株式1株あたりの残余財産分配額に一定比率(転換比率等)を乗じた額と同額の残余財産を分配するというものがある。この場合、普通株式1株あたりの残余財産分配額を超える部分は優先的な残余財産の分配金額になるため、これが算式での規定であるとすると上記の問題を抱えていることになる。この点は、かかるリスクを承知であえてこのような規定を入れる例もある。残余財産分配請求金額についても、優先配当の場合と同様に、株式分割、株式併合、株主割当増資等があった場合に適切に調整されるようにするべきことに留意する必要がある。
(3)償還条項 会社は、償還(株式の買受又は利益を以ってする株式の消却)を予定された株式を発行することができる(商法第222条第1項第3号及び第4号)。償還の選択権が会社にあるものは随意償還株式、株主にあるものは義務償還株式と呼ばれている。「株式の買受」について規定した株式(買受株式)と、「利益を以ってする株式の消却」について規定した株式との差異は買い入れた株式を保有するか消却するかの点にあるに過ぎない。この償還条項は、会社として優先株式が長期間残存することは好ましくないことから会社側から償還できるようにするなどの利用方法が多いが、ベンチャー投資の場合は、VC等の投資家による投資回収手段の一つとして利用されることが多い。償還金額について株式分割等の場合に調整が行われるべきことは優先配当金額等の場合と同じである。買受株式については、自己株式取得に関する商法第210条第1項の適用を受けない「別段ノ定」に該当するか否かに関して、①株式の買受財源が配当可能利益に限定されるか(同条第3項)、②定時株主総会の普通決議を要するか(同条第1項)、③特定の者からの買受として特別決議が必要か(同条第5項)、④他の株主の売却参加権に服するか(同条第7項)、⑤期末の財産状況に基づく買受断念義務の有無(商法第210条ノ2)等の問題があり、これらについてまだ定説といえるものが無い状況である。但し、上記①の財源規制の問題については、結論としては買受株式についても配当可能利益に限定されるべきであるという見解に固まりつつあるため、買受株式を投資回収手段の一つとして位置付ける場合には、かかる限界がある点に留意する必要がある。なお、この関係で、償還条項を設ける場合には、償還財源を確保するため、毎決算期において配当可能利益があった場合にはその一定金額を償還積立金として積み立てることを規定することが多い。
(文責:弁護士 後藤勝也)
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