AZXブログ

会社法における種類株式設計の留意点(1)

2013/02/08

~ AZX Coffee Break Vol.26 ~

日本のベンチャー業界における種類株式の利用は、いわゆるITバブルの頃に米国型の投資手法にならう形で優先株式を発行する事例が多くなったものの、その設計の複雑さや発行後の運用の煩雑さから種類株式の利用状況が落ち着いたが、その後、商法改正やその後の会社法の施行などにより、設計の自由度が上がったこと、また、日本における投資環境が厳しくなる中、VCが投資先への監督を強化するとともに、より有利な形でのExit形態を追求する傾向が強まってきたことを背景に、日本においても種類株式の発行が徐々に浸透してきている。そこで、改めて会社法における種類株式の設計の留意点について解説を行うこととした。なお、本稿においては、未上場の取締役会設置会社を前提として、一般的なベンチャー投資において、種類株式の内容として規定される事項を中心に解説を行う。

種類株式とは内容の異なる数種の株式を意味するが、その異なる内容として定めることができる事項は会社法第107条及び第108条より、①剰余金の配当、②残余財産の分配、③株主総会において議決権を行使することができる事項(議決権制限株式)、④譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること(譲渡制限株式)、⑤当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること(取得請求権付株式)、⑥当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること(取得条項付株式)、⑦当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること(全部取得条項付株式)、⑧株主総会又は取締役会において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とすること(拒否権条項付株式)、⑨当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任すること(役員選任権付株式)に限定されている。また、種類株式とは異なる概念であるが、株主平等原則の例外として、非公開会社は、①剰余金の配当を受ける権利、②残余財産の分配を受ける権利、③株主総会における議決権について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる(会社法第109条第2項)。

(1) 発行目的 種類株式については、上記のような各種規定を設けることが可能であるが、具体的な設計にあたっては、そもそもいかなる目的で種類株式とするのかという「発行目的」を慎重に検討する必要がある。投資リスクのヘッジのために、可能な限り株主に有利な規定を盛り込むという方針で設計してしまうと、必要以上に複雑になり、その設計にリーガルコストがかかるばかりでなく、投資についての交渉が難航し、円滑なファイナンスの進行に支障が生じるとともに、投資後の運用も困難となる上、次の資金調達ラウンドの支障となるおそれもある。従って、発行目的を明確化して、それに適合した形で設計することが望ましい。ベンチャー投資における種類株式の発行目的としては一般的には以下のようなものが考えられる。

①清算時のリスクヘッジ:残余財産の分配に関する優先権を定めて、会社が解散し、清算した場合に、より有利な金額での分配を受ける。一般的にはより後の資金調達ラウンドで投資をした投資家は、より高い株価で投資を行っているため、万一、会社を清算する場合には、当該株式の発行価額等に応じて優先的に分配を受けるものである。

②投資直後の詐欺的解散の防止:例えば、1株1万円で経営陣が1000株引き受けて会社を設立した後、その会社の企業価値が向上したとして、投資家が1株10万円で500株を引き受けて投資を行ったとする。それが全て普通株式で発行され、仮にキャッシュがそのまま6000万円残っている状態で、経営陣が3分の2以上の持株比率を保有していることを奇貨として、会社の解散決議と行い、清算したとすると、1株当たりの残余財産分配額は1株4万円となり、経営陣には4000万円が分配され、投資家には2000万円が分配される。その結果、経営陣は3000万円の利益を得て、投資家は3000万円の損失を被ることになる。普通株式での投資の場合は、このような投資直後の詐欺的解散のリスクがあることになるが、上記の例で、投資家が普通株式ではなく、1株当たり10万円の優先残余財産分配権を定めた種類株式で投資をすれば、このようなリスクを避けることができる。

③希薄化防止対策:将来の資金調達ラウンドにおいて、より低い価格で新株が発行された場合に、種類株式を取得請求権又は取得条項に基づいて普通株式に転換した場合の比率を調整することで希薄化をある程度防止することが可能となる。すなわち、例えば、通常であれば、A種株式1株が普通株式1株に転換されるところ、仮に、A種株式の発行価額が1株10万円であったのに対して、次のラウンドのB種株式が1株5万円で発行される場合には、A種株式1株が普通株式2株に転換される形に調整して、A種株式の実質的な持分の希薄化を防止することができる。(なお、会社法においては、旧商法において用いられていた「転換」という概念は廃止され、取得請求権又は取得条項という用語が使用されており、正確には、会社がある株式を「取得」するのと引換えに、別の株式を交付するという構成になっているが、「転換」という用語の方が感覚として理解しやすいため、本稿では以下適宜「転換」という用語を使用させていただく。)

④みなし清算条項の導入:株式譲渡、合併その他のM&Aが生じた場合、その対価の分配において、清算したものとみなして、清算時の残余財産の分配と同様に種類株主が優先的な分配を受けるものとし、その前提として種類株式を発行する。投資家にとってExitの一つとしてM&Aの重要性が高まるとともに、重要な規定であると認識されてきている。

⑤投資資金の回収:種類株式の取得請求権の行使の対価を現金とすることにより、投資資金を回収する。但し、後述するように、会社法上は分配可能額の範囲内という規制があるため、特にアーリーステージのベンチャー企業については現実的には機能しにくい面がある。

⑥特定事項についての拒否権:定款変更、新株発行等の特定事項について特定の種類株式の種類株主総会決議事項とすることにより、会社法上の拒否権を獲得する。契約で定めた拒否権と異なり、これに違反した会社の行為は原則として無効となるため、その分効力の強い拒否権といえる。

⑦役員選任権の確保:株式の種類ごとに選任できる役員を定めることにより、会社法上の役員選任権を確保する。投資契約等で役員選任権を確保しようとすると、原則として総議決権の過半数に相当する当事者と契約を締結する必要があるが、種類株式としての役員選任権を定めれば、株主全体としての議決権比率に関わらず、当該種類株式の過半数を確保していれば役員選任権を確保することができる。

⑧剰余金配当時の優先:剰余金の配当があった場合に優先的な配当を受けられるようにする。但し、通常のベンチャー企業の場合は、内部留保を優先して配当を行わないケースが多いため、優先配当を主要な目的とするベンチャー投資の事案は少ない。但し、社歴が長く、経営も安定している企業に対して、社債や融資に近い形の種類株式として優先配当を重視して定める例もある。

⑨ストックオプションの行使価額対策:経済産業省のウェブサイトにおいて「1株当たりの価額に関して、未公開会社の株式については、「売買実例」のあるものは最近において売買の行われたもののうち適正と認められる価額とすることとされていますが(所得税基本通達23~35共-9(4)イ)、普通株式のほかに種類株式を発行している未公開会社が新たに普通株式を対象とするストックオプションを付与する場合、種類株式の発行は、この「売買実例」には該当しません(国税庁確認済み)。」と公表されており、これを前提とすると、例えば、未公開会社において、1株1万円で普通株式を発行した後、1株5万円で種類株式を発行した場合、その後に普通株式を対象とするストックオプションを付与する場合、1株5万円での種類株式の発行は「売買実例」には該当せず、税制適格ストックオプションの行使価額を時価以上に設定する関係では、この1株5万円を考慮しなくてよいということになる。従って、このようなストックオプションの行使価額の対策として、種類株式を発行することが考えられる。但し、上記の例で、1株5万円での種類株式の発行は「売買実例」に該当しないものの、1株1万円での普通株式の発行に準じて、ストックオプションの行使価額を1株1万円にしてよいということを意味しているものではなく、ストックオプション発行時点での普通株式の「時価」を別途検討する必要がある点、留意が必要である。

⑩高株価の理由付け:高い株価で増資を受ける場合に、その高い株価の理由づけのために種類株式にするという議論がある。理論上は、各種優先権等のついた種類株式は普通株式に比較して、価値が高く、その分株価も高いのが合理的であるということはその通りだと考えられる。しかし、IPOの時には、種類株式1株が普通株式1株になるのが原則であり、それも踏まえて、優先的な権利の部分でどれだけの株価の割増しが合理的と考えられるのか疑問の面があり、また、現状においてベンチャー・キャピタル等が内部的に株価を算定する際に、投資時点の普通株式の株価と優先部分の割増し分の株価を切り分けて算定しているものではないと推測されることから、種類株式の発行の目的を、高株価の理由付けとするには、種類株式の株価算定についての税務会計実務の議論がもう少し成熟するのを待つのが賢明であると考える。

⑪経営悪化時の経営権取得:経営悪化と認定される指標を定めて、それに該当した場合には種類株式を取得請求権又は取得条項に基づいて普通株式に転換した場合の比率を高めることで、種類株主が種類株式を普通株式に転換した際に経営権を取得できる程度の議決権を確保できるようにすることが考えられる。このような手法は、理論上は可能であり、実際にこのような株式を発行した例もあるようだが、ベンチャー企業の経営に対する影響があまりに大きく、このような目的が一般化することについては懐疑的である。

(2) 種類株式発行時の留意点 種類株式を発行する場合には上記(1)で記載したように、今回具体的に発行する種類株式の目的は何かを明確にし、それに必要かつ十分な範囲での設計を行う必要がある。また、ある事項について、種類株式の内容として規定するべきか、投資契約の内容とするべきかについて慎重に検討することも重要である。この点、両者の主な違いとしては、以下の4点がある。

(i) 種類株式の内容として定められる事項については会社法上の限定があるのに対して、投資契約に定められる事項については原則として限定はない。従って、種類株式の内容として定めることが難しい事項は投資契約において定める必要がある。

(ii) 種類株式に定めた優先権は、当該種類株式の株主に平等に与えられるものであるのに対して、投資契約に定めた場合には、当該投資契約の当事者にのみ特別な権利を与えることができる。例えば、投資契約で株主Xに特定事項の拒否権を定めた場合には、株主X以外の株主は例え株主Xと同じ種類の株式を保有していたとしても契約当事者でない以上、拒否権を有しないこととなるが、当該拒否権を種類株主総会の決議事項とする形で定めた場合には、株主X以外の株主も当該種類株主総会において平等に1株1議決権を有することとなり、仮に株主Xの議決権数が当該種類株主総会において一定数に満たない場合には、株主Xのみで拒否権を発動することはできない。

(iii) 上記について逆の側面からみれば、種類株式については、同じ種類の株主については平等に拘束できるが、投資契約の場合は契約当事者ではない株主は拘束できないことを意味する。従って、ある事項について全株主を拘束したい場合に、株主が多数いる等の事情で全株主との間で投資契約を締結できない場合には、種類株式の内容として定款に定めた方がよいと考えられる。

(iv) 種類株式の内容として定款に定められた事項に違反した場合には、その違反行為は原則として無効であるのに対し、投資契約の違反については、違反行為が無効となる保証はなく、基本的な効果としては、会社法上は有効であるものの、契約違反として損害賠償等対象となり得るという効果が生じるに過ぎないと考えられる。従って、違反行為を無効としたい重要事項については、種類株式の内容として定款に定めることを検討した方がよい。

その他、種類株式の設計上の留意点としては、一度種類株式を発行した場合には、基本的には以後の資金調達ラウンドは全て種類株式となる可能性が高いため、発行会社としてはその覚悟で種類株式の発行に踏み切った方が良い点、既に種類株式が発行されている場合には既発行の種類株式と新たに発行する種類株式の内容の整合性に留意する必要がある点、種類株式発行後の運用、特に種類株主総会決議事項のチェックやその後の新株発行等における調整事由の発動の有無のチェック等を慎重に行うべき点などがある。

(次号へ続く)

そのほかの執筆者
AZX Professionals Group
弁護士 アソシエイト
我有 隆司
Gau, Ryuji
AZX Professionals Group
弁護士 マネージングパートナー CEO
後藤 勝也
Gotoh, Katsunari
執筆者一覧